米鉄鋼輸入制限で得するのは中国ではないか トランプ大統領の理論は破綻している

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トランプ氏は、米国の最大貿易相手諸国との間に、これと同じような報復貿易戦争の引き金を引こうとしているのだ。米国が関税を引き上げれば、欧州はすぐさま米国の主要輸出品に報復するだろうし、中国、カナダ、メキシコもそれぞれの手段で報復措置をとることだろう。

そうなれば、トランプ大統領がさらに要求を上げ、欧州輸入車の関税を引き上げることも考えるとすでに公言している。これを実行するには、正式な手続きか、議会制定法が必要にはなるが。

トランプ大統領が鉄鋼とアルミの関税を引き上げれば、すでに多くの人々が高額な健康保険料やガソリン価格で苦闘しているときに、日用品価格が吊り上げられることになる。鉄鋼業で何十億ドルもの資産を成したウィルバー・ロス商務長官は、中流米国人は出費が増えることに反対するだろうとの懸念を一蹴し、「いったい誰がそんなに気にかけるというのだ」とレトリカルに言ってのけた。

代償が大きすぎる

一方で、主要な市場への輸出を阻まれる米国産業は、生産量や稼働時間の削減、労働者の一時解雇を余儀なくされ、事業からの撤退に追い込まれるおそれがある。

この経済的痛手を引き起こすことについて国家安全保障を理由にするのは理解しがたい。容易にしっぺ返しを食らい、むしろ米国の安全保障を悪化させる前例を作ることにもなりかねない。米国への鉄鋼の輸出先上位には、カナダ、韓国、メキシコ、EUなどの同盟諸国が含まれる。中国は11位だ。トランプ氏の脆弱な論理は、中国に(そしてほかの国々にも)、あいまいな国家安全保障議論のもとに独自の貿易障壁を作らせることになるかもしれない。

オバマ政権が世界貿易機関で中国のレアアースの輸出関税引き上げに異議を唱えたのは、この懸念があったからだ。レアアースはハイブリッド車のバッテリーやウィンドタービンを製造するのに使われる。そしてそれらはまた、レーザー照準器やF-35ライトニングⅡ統合打撃戦闘機にも使われる。オバマ政権は、日本やEUと協力して中国に立ち向かい勝利した。パンドラの箱を開けさせることなく、ルールに基づく貿易体制を強化したのだ。

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