中央銀行がすべきことは金融機関救済ではない−−ケネス・ロゴフ ハーバード大学教授
昨年夏のサブプライム危機から1年以上が経過したが、米国や欧州の中央銀行は依然として脆弱な民間金融部門への対処に追われている。今までのところ、税金を使った短期資金を供給することで金融システムを維持する戦略は成功している。しかし、いつかは中央銀行は生命維持装置を外さなければならない。そうでないと、最終的には中央銀行自体が債務超過に陥って集中治療室に入らなければならなくなるだろう。
世界トップクラスの経済大国が短期的なパニックに直面しているのは、どうも納得がいかないように思われる。そうではない。金融業界が大規模な利益を計上し、急成長を遂げた時期は終わり、今や清算と統合の時期に入っているのだ。脆弱な銀行は倒産するか、合併すべきである。そうすることで強い銀行は新たな活力をもってよみがえることができるのである。
これが正しい“金融危機”の診断なら、税金を使って健全で問題のない産業の活力を阻害する試みは、結局のところ、問題を長引かせ、さらに悪化させるだけである。必要な統合を認めないと、信用市場は強化されるのではなく、むしろ弱体化するだろう。
米連邦準備制度理事会と欧州中央銀行、イングランド銀行は特に厳しい状況に直面している。これらの中央銀行は伝統的な銀行や複雑で規制されていない投資銀行に対して合計で何十兆ドルもの融資を行っている。他の中央銀行は状況を神経質に見守っており、国際経済の成長鈍化が続き、債務の不履行率が上昇すれば、自分たちも同じ状況に陥ることをよく知っている。
中央銀行のバランスシートに大きな穴があいたからといって、世界が終わるわけではない。1990年代の金融危機もそうだった。しかし、歴史が教えるところでは、中央銀行のバランスシートを修復するのは決して楽なことではない。融資が焦げ付くと中央銀行はインフレを起こして事態を切り抜けるか、税金を使って資本を増強するしかない。
インフレ高進はあらゆる種類の歪みと非効率をもたらす。他方、税金による救済が円滑に行われることはまれで、中央銀行の独立性が損なわれるのは避けられない。
「規制の虜」と化した中央銀行と財務省
また公平性の問題もある。金融部門は、特に英語圏の国々で高収益を上げてきた。金融部門の規模を計算するのは難しい。なぜなら、業務が不透明で、複雑で、しかも巨大だからだ。米国の統計では、金融業界は2006年の米企業の利益の約3分の1を占めていた。ウォール街やロンドンの金融街シティでは何百万ドルのボーナスは当たり前である。
にもかかわらず、なぜ納税者が金融業界救済のコストを支払わなければならないのか。なぜ業績が急悪化している自動車産業や鉄鋼産業などは救済されないのか。もし中央銀行が物価上昇から自らを守る手段を持っていない貧困層に必要以上の負担を強いる“インフレタックス”を使うなら、そうした議論はもっと説得力を持つに違いない。