表面的な数字ばかり追う会社の致命的な欠点 顧客視点の「何のためにやるのか」が肝要だ
野中:自社の歴史を振り返ることで、自分の存在意義を再確認したわけですね。
田村:はい。次に行ったのが、現場の実行力の強化です。どれだけ良いプランがあっても、実行できなければ何の価値もない。そこで営業マンには、各エリアの料飲店を回るというベーシックな活動を繰り返し行ってもらいました。スポーツや音楽の練習と同じで、退屈な作業も反復すれば体が順応します。すると営業に必要な基礎体力が身に付く。それだけではなく、お客さまとの心理的な距離も縮まり、いろいろな話を聞けるようになりました。
「亡くなった両親がうれしそうな顔をしてキリンビールを飲んでいた」「会社で嫌なことがあっても、1杯のビールで疲れが取れて、明日も頑張ろうと思えた」といった思い出話を聞くと営業マンは、お客さま一人ひとりが脳裏にビールを大事な記憶のシーンとして刻み込んでいることを実感します。
さらに、キリンというブランドが自分たちだけのものではなく、実はお客さまとも共有していることに気づきます。そのつながりを理解したことで、「一人でも多くの高知の人においしいキリンビールを飲んで喜んでいただきたい」という理念を再発見できたのです。
野中:組織内にはどんな変化が見られましたか。
田村:理念が共有されていくことで、「もっと効率的に料飲店を回れる」「こんなキャンペーンをしよう」といったアイデアが社内で頻繁に話し合われるようになりました。自由度が高まったことで、主体的なイノベーションが起き、それらがどんどん共有化されてきました。
こうした変化を目の前にして、私自身とても幸せな気持ちになりました。業績が好転したからではなく、皆が力を合わせてお客さまに喜んでもらえたことで、「生きるとは何か」がわかったからです。
イノベーションは帰納的な手法から生まれる
野中:田村さんのお話を聞いていると、利益や業績は結果であり、最初に「何のためにやるのか」という理念をメンバー間で共有すること、そして顧客の視点に立った戦略を立てることの重要性が手に取るように理解できます。
私はこれまで、イノベーションの本質とは、現場にあるニーズやウォンツなどの「暗黙知」を、企業が顧客との相互作用のなかで「形式知」に変換するスパイラル(らせん)運動であると提唱してきました。暗黙知と形式知は、経験知と言語知とも言い換えられますが、どちらも重要です。私たちは言語を媒介しなくても、体を動かしてこそ見える物事があるからです。
ところがマネジメントをサイエンス(分析)の対象としてとらえるアメリカ型の経営は、いわば脳と身体を分離してしまう。言葉ありき、論理ありきで、数値化したものをブレークダウンするというアメリカ型のマネジメントは、絶対的に正しいとされる論理命題から出発し、それを個々の具体的事象に当てはめていく「演繹法」の考えに基づいています。
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