表面的な数字ばかり追う会社の致命的な欠点

顧客視点の「何のためにやるのか」が肝要だ

田村:確かに、初めに命題ありきで具体的な指示を現場に下す演繹(えんえき)的な手法では、新しい発見はありません。

戦略についても、自己満足的なものにならないように、徹底して現場に足を運びました。なぜなら、現場にこそ本質があるからです。現場に飛び込まなければ、お客さまとキリンとのあいだに介在するブランドの価値に気づくことができなかった。

帰納法からイノベーションを導くには?

野中:一方で、実際のイノベーションは、現場のボトムアップという帰納法から生まれます。

帰納法的な手法とは、現場・現実・現物のなかで意味を紡ぎ合い、コンセプトやビジネスモデルを新たに創造することです。つまり、新しい知を生み出すには演繹法よりは帰納法が適しています。

では、帰納法からイノベーションを導くにはどうすればよいか。暗黙知の質量を高めればよいのです。

たとえば、ハワイのコンセプトを問われたとします。ハワイを訪れたことのある人なら、ハイビスカスの香りや、広大なパイナップル畑の光景、フラダンスの音楽、ワイキキビーチで泳ぐ地元民の姿などを思い浮かべるでしょう。

一つひとつの経験は、具体的に描写することはできなくても、無意識のうちに私たちの身体的な感覚として残っています。私たちはこうした経験で得た知識を総動員して、たとえば「ハワイのコンセプトは、パラダイスである」と認識します。ただし、それはハワイの一面だけをとらえているにすぎません。

では、ハワイの真珠湾にある慰霊施設「アリゾナ記念館」に足を運んだことがある人は、ハワイをどう意味づけるでしょうか。日米開戦当時の真珠湾の攻撃や太平洋戦争の過程を想起して、ハワイは単なる観光の場に留(とど)まらず、「太平洋の安全保障の重要拠点」というコンセプトを認識するかもしれない。

このように私たちは、個々人が得た「暗黙知」と、公共財としての「形式知」を組み合わせることで、新しいアイデアやコンセプトを創り出しています。

顧客とのやり取りでも、相手と全身全霊で向き合っていると、五感を総合した暗黙知・形式知が飛び交います。コミュニケーションの過程で互いにピーンと触れ合う瞬間があって、それがイノベーションの種になっていくのです。

田村:だから現場を歩き回らなければ、イノベーションは生まれないのですね。

野中:もう1つ、田村さんの事例で興味深かったのは、帰納法でありながら、現実の只中(ただなか)で、新しい仮説を現場から生み出していることです。これはアブダクション(仮説形成)と呼ばれます。

高知支店での田村さんの活動は実に細目(さいもく)ではありますが、暗黙知を習慣化させていくうちに、引き出しの数がどんどん増えていった結果でもあります。ローカルな現場で仮説と検証を繰り返すことでアブダクションが生まれ、それを日本全域、グローバルに応用することができたのです。

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