ビョルン氏がキャッシュレスを提唱するに至った理由のひとつは、2008年5月、息子のマンションに強盗が押し入った事件にまで遡る。幸いにも被害はなかったが、息子は再び強盗が来るのではないかと心配して、ずっと警戒していた。その予感は的中し、数週間後に再びバルコニーから2人の男が侵入し、カメラとブランドもののジャケットが盗まれたのだ。
被害金額は大きくはなかったが、ビョルン氏は怒りが収まらない。強盗たちは盗んだものと引き換えに紙のお札を手に入れるのだ。もし紙幣がなかったら、どうするのだろうと。ビョルン氏は2011年に紙幣を使うのを完全にやめて、それ以降、現金に触れたことはないそうだ。
スウェーデンは、キャッシュレス社会の実現に向かって世界一といっていいほど進化している国だ。スウェーデン中央銀行によると、2015年に国内で発生した全ての取引の決済手段に占める現金の割合は、わずか2%。アメリカ合衆国では7.7%、ユーロ圏ではまだ10%もある。
また、2015年に一般消費者が現金で支払った比率は、全消費の20%しかない(国際市場調査会社ユーロモニター・インターナショナル調べ)。スウェーデン以外の世界平均が75%という現状で、スウェーデンは飛び抜けて低い。ちなみに日本はというと、49.5%で半々だ。さらに驚くべきことは、現在のスウェーデン国内の銀行1600店舗のうち、900店舗ではもはや現金を置いていないのだ。
キャッシュレス化を実現しようとする理由
ではなぜ、これほどまでにスウェーデンはキャッシュレス化を実現しようとしたのか。大きな理由は2つある。1つ目は脱税対策やマネーロンダリング、路上での現金強盗などの犯罪防止のためだ。実際に2008年の時点で110件あった強盗の発生件数は、2015年には7件にまで減った。強盗発生率はなんとマイナス93.6%ということになる。
2つ目は現金を取り扱う際のコスト負担を減らしたいという理由だ。銀行は社会全体がキャッシュレス取引に移行すると、その手数料で収益をあげることが可能になる。政府は店や交通機関などのあらゆる場所でキャッシュレスを推進し、現金を使わない店に対しては税法上の優遇措置をとった。また、2012年にはスウェーデンの銀行6社が、相手の連絡先にボタンひとつで送金が可能な「Swish(スウィッシュ)」というスマホアプリを開発。最終的な決済は銀行口座間で行われるが、驚くべきことに現在までに30歳未満の成人の約90%が利用しているとのことだ。
これらの施策が推進力となって、スウェーデンはキャッシュレス社会の先進国となっていったのである。
日本で生活していると、キャッシュレスでの生活はまったくリアリティがないが、スウェーデンがキャッシュレス社会に完全にシフトしているのを実感した具体的なエピソードを紹介してみたい。
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