私たち19遺族は本当のことを知りたいだけだ

大川小はなぜ51分間も校庭に留まらせたのか

しかし、校庭ではたき火の準備も始まっていて避難する雰囲気ではなかった。

「昇降口のあたりに焼き芋のドラム缶を当時置いていたと思うんですけど、それを運んでいたという証言がありました。火をおこして暖を取ろうとした。要はここに居続けるという行動になるんですけど。逃げるんだったらそんなことしないで移動を開始していたらいいんですけど」(只野さん)

学校の体育館裏や校庭脇には山がある。かつてシイタケ栽培の体験学習が行われたり、低学年の児童が授業でも登ったことのある裏山だ。

「(石巻市教育委員会からは)、①地震の揺れで木がバッタバッタと倒れてきて危険なので登れない(※1: 大川小学校事故検証委員会が2013年6月15日および9月27日に行った現地調査では、「地震や津波による倒木ではなく、強風を原因とする倒木である可能性が高い」と結論が出されている)、②子どもの足では急で登れないと説明を受けました。ただ、いろんな人をこの山に連れてきて登ってもらったんですけど、『無理だ』という人は今まで誰一人いませんでした、この勾配を。実際に学校の先生と登っている写真もあるのに、子どもたちは登れないと」(佐藤さん)

校庭での待機は覆らなかった

その山への避難を提案する教師もいたが、1度決まった校庭での待機は覆らなかった。

川からはすでに水があふれていた。大津波がいよいよ迫って、教師と児童は移動を開始した。上級生が先頭となったが、整列する余裕はなかった。

「もう津波が来ているから、急いで」

教師と児童が向かったのは裏山ではなかった。まさに津波が迫る川の方角、「三角地帯」と呼ばれる高台への避難だった。

津波は川を約4km遡り、堤防を越えて大川小に迫った。

ゴーという、地鳴りのような音が聞こえた。

15時37分、津波到達。幼い命が濁流に飲み込まれた。避難を開始してから1分後のことだった。

次ページ川に向かって移動していた
政治・経済の人気記事
トピックボードAD
関連記事
  • ブックス・レビュー
  • Amazon週間ビジネス・経済書ランキング
  • 「生活定点」で振り返る平成
  • 賃金・生涯給料ランキング
トレンドライブラリーAD
  • コメント
  • facebook
0/400

コメント投稿に関する規則(ガイドライン)を遵守し、内容に責任をもってご投稿ください。

アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
海外進出、そして株式上場へ<br>新日本プロレスの復活と野望

どん底の2000年代を経て鮮やかなV字回復を果たしたプロレス界の雄。キャラクターの異なるスター選手を複数抱え、観客の4割は女性だ。外国人経営者の下、動画配信や海外興行など攻めの姿勢を見せる。株式上場も視野に入ってきた。