東名で夫婦死亡、25歳男を殺人罪に問えるか 「過失運転致死傷罪」で逮捕された理由

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過失とは「前方をよく見ていなかった」とか「スピードを出し過ぎた」というようなことが通常ではないかと考えると、「わざと路肩に止めさせた」行為がそこに含まれることにも疑問の余地があります。推定無罪の制度下でこうした有罪前提の議論をすること自体に問題はあるのですが、「なぜ『軽すぎる』という意見が出てくるのか」には興味深い点があります。ほかにどんな罪が考えられるのでしょうか。

妨害運転致死傷罪と「故意」「過失」

本件、厳しく罰するとしてまず思いつくのは「危険運転致死傷罪」(死亡事故で1年以上20年以下の懲役、負傷事故で15年以下の懲役)ないし「妨害運転致死傷罪」でしょう。

2013年の法改正で制定された「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」第2条の条文は下記のような行為を対象としています。

(1)アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させること

(2)その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで四輪以上の自動車を走行させ、よって人を死傷させること

(3)人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で四輪以上の自動車を運転し、よって人を死傷させること

(4)赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で四輪以上の自動車を運転し、よって人を死傷させること

(5)通行禁止道路を進行し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転すること

まったく局面の違う(1)(2)(4)(5)について本件での適用は難しいでしょう。しかしまさに「通行を邪魔した」ということであれば、(3)の検討の余地があるのではないでしょうか。しかし本条が定められたのは、衝突を避けるための回避行為などについては重大な事故が発生しやすいことからです。

本件は止まって、話をしているところにトラックが突っ込んだ事故であって、直接妨害行為から事故が発生しているわけではありません。急に前方で停止した男性の車を避けようとして事故に遭った場合はともかく、いったん停車して車から降りた事案については、本来本条が予定していた事案ではないといえそうです。やはり、「過失致死傷」のほうが条文の予定している事案に近いのでしょうか。何か釈然としない方がいるかもしれません。

実はここで多くの人が引っかかるのは「過失」なのか「故意」なのか、という刑事責任を問うかなり根本的な問題です。

故意とは「罪を犯す意思」(刑法38条)を指すのですが、乱暴に言えば「わざとやった」ということです。

対して過失とは「注意義務に違反する不注意な消極的反規範的人格態度」などとされますが、乱暴に言えば「うっかりやってしまった」というようにとらえられています。

実は故意の要素については分析していくと認容が必要なのか不要なのか、また過失の要素について「結果予見義務違反が本質か」「結果回避義務違反が本質か」といった学説の対立があります。ただ本記事は、法廷において彼がいかなる罪責を負うかではなく、「なぜ多くの人が割り切れない部分を感じるのか」の分析を主眼としているので詳細な説対立には踏み込みません。

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