カンボジアの「独裁化」を看過してはならない

日本人が命まで懸けて民主化に貢献した事実

ここで、忘れてはならないのはカンボジアの選挙と日本の特別な関係である。

内戦が収束したことを受けてカンボジアには国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)が作られ、1993年にその監視下で選挙が行われた。この時、停戦監視や治安維持などのために32カ国から約1万6000人の軍隊が派遣され、日本もPKOに参加して約600人の陸上自衛隊員をタケオという南部の都市に派遣した。そのほかに文民警察官75人、選挙監視要員ら41人が派遣された。日本政府にとっては初の本格的な国際貢献であり、かつUNTACの代表が日本人の明石康さんだったこともあって、カンボジアPKOは国内でも高い関心を呼んだ。

ところが不幸なことに、国連ボランティアとして選挙監視に携わっていた中田厚仁さんと、文民警察官として派遣されていた高田晴行警部補が相次いで殺害されるという不幸な事件が起きた。当時の宮沢内閣は自衛隊派遣を継続するか撤退するかの決断を迫られたが、宮沢首相は派遣継続を指示し、総選挙は無事終了した。つまり、カンボジアの民主主義的な政治制度の実現に日本は国民の命まで犠牲にしながら貢献した歴史があるのだ。

外交的資産を活用して独裁に歯止めを

また、フン・セン首相も日本とは特別の関係がある。内戦で左目を失ったフン・セン首相は、日本外務省の仲介で日本国内の病院でプラスチック製の義眼をはめ込む手術を受けている。そのため日本に対し感謝し好印象を持っているといわれている。

そのフン・セン首相の下で日本も協力してカンボジアに定着させようとした民主主義的なシステムが破壊され独裁体制が作られつつある。そんなことにでもなれば、カンボジアで命を落とした高田さんや中田さんはとても浮かばれないであろう。

日本政府が黙って見ていていいのであろうか。カンボジアPKOのころは、政府だけでなく多くの国民がカンボジアに関心を持ち、注目していた。今、国内にそんな雰囲気はまったくない。衆議院の解散に踏み切る安倍内閣は自らの政権維持に必死で、他国の民主主義実現などに注意を払う余裕などないのかもしれない。

しかし、このままではカンボジアは北朝鮮並みの独裁国家になり、さらに西側諸国と距離を置き、中国やロシアと緊密な関係を確立してしまいかねない。長い目で見ると、それは地域の安定にとっても日本外交にとってもマイナスである。日本政府はこれまでカンボジアとの間に蓄積してきた外交的資産を活用し、カンボジアの独裁化に歯止めをかけるべきである。

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