今回は、子離れできない母親の特徴の中から、2つを取り上げて説明していきます。1つ目は、子どものリスクを先回りして回避させてしまうパターンです。
1例をあげましょう。子どもが小学校に入りたてならまだしも、小学校高学年、あるいは中高生になっても子どものカバンをチェックしないと気が済まない母親がいます。言い分としては、「忘れ物をしたら子どもが可哀そうだ」、もしくは「忘れ物をしたら、家での教育がなっていないと思われて恥ずかしい(他者から良い母親だと思われたい)」というもの。つまり、忘れ物をさせないようにすることが、愛情であり、世間体を保つためにも必要だと考えているのです。
ただ、実際のところ、これは愛情のはき違えです。親が必ず忘れ物チェックをしてしまうと、子どもは忘れ物をしたときにどうすればいいか、経験を積む機会を失います。本来であれば、先生に話す、誰かに借りるなど、小さいころから非常時の対応を体で覚えていき、それが本当の生きる力を育むことに繋がります。それにもかかわらず、事前にリスクを回避することでその機会を排除し、守り抜くことを、愛情だと勘違いしているのです。
こうした行動が極端になると、子どもに失敗させることを極度に恐れ、どんなに小さなミスも許さないようになります。親の意向を無視して失敗でもしようものなら、「お母さんの言うことを聞かないから」と、さも子どもが自分で考えたことが悪いかのように言い、これからは「お母さんの指示通りにね」とプレッシャーを掛けるのです。
こうして育った子どもは、成人してからも母親に意見を求めることをやめられません。自分の意思が生まれにくく、母親に渋い顔をされれば、せっかく決まった就職先や、結婚相手まで、手放してしまうこともあるのです。
「○○ちゃんはママの味方よね」
2つ目は、娘を愚痴のはけ口にするパターンです。
夫への不満、周りの人間関係の問題などの愚痴を、娘に打ち明けることで、精神の安定を図ろうとする母親は数多くいます。娘であれば、身内の恥でも話やすく、「○○ちゃんはママの味方よね」と小さいころから母親の怒りや悲しみを共有させられた娘には負担がかかり、「母親は可哀そうなんだ」という気持ちを持ちやすくなります。そして、これが他人についての愚痴ならまだしも、「あなた(娘)のために我慢しているのよ」などと言われてしまうと、「私のために申し訳ない」という罪悪感を抱くことも少なくありません。
親に子どもを養育する義務がある一方で、子どもに親のストレス解消のはけ口を担う必要はありません。家族なら、いたわりあってしかるべき、という考え方もあるでしょうが、それは対等な人間関係においてはじめて成立するもので、未成年の子どもに課されることがあってはならないのです。
では、こうした母娘関係から脱するためには、どのような解決策があるのでしょうか。まずは、自分の意思で選ぶ習慣を、早いうちから身につけさせることが大切です。もし失敗してしまったら、失敗したことを怒るのではなく、対処方法を考えることを援助するように心がけましょう。
そして、価値観は違って当たり前ということを再認識し、意見の押し付けをしないことです。娘から反発されても、これを自分への裏切りとは考えず、自立の一歩と認識しましょう。何より大切なのは、母親が、娘を通してではない幸せや、やりがいを見つけることです。
ただ、現実はそう上手くいきません。母親の意識を変えようにも、それが叶わず、母娘が物理的な距離を取るしかなくなるケースは少なくありません。なぜなら、母娘問題の悩み相談に来られる、母親の立場の人の多くは、娘を変えようということに必死で、自分が変わることを考えていないからです。ですから、極端な場合は、母親との接点を一切絶つ、という解決に至ってしまうこともあるのです。
愛情の形にゆがみが生じているのに、それに気づないのは不幸です。娘のためといいつつ、娘の人生を奪うことのないよう、母親も一人の人間として精神的に自立することが必要です。母も娘も、お互いの幸せを応援できる関係性を築けますように。
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