井沢:幕末の日本というと、貧乏だったというイメージがあります。確かに欧米に比べれば、馬車もないし、電灯もない。でも金の保有高でいえば、日本はもしかしたら世界一だったかもしれないんです。そこに日本人の誰かが気づいていれば、当時の日本は世界から何でも買えたんじゃないかな。
しかし気づくことはなく、幕末の日本は本当に貧乏になった。基軸通貨の金が大量流出したことで、すごいインフレになったんです。そうすると、誰もが食えない。食えないから、今の体制を倒してしまおうと。これが倒幕運動に火をつけたわけです。
「デフレは悪」は大間違い
中原:逆に、デフレが経済に悪いとは一概には言えません。たとえば2015年のイギリスは、ポンド高や原油安によってデフレが進行しましたが、GDP成長率は実質で2.2%でした。これはドイツの同1.7%やフランスの同1.2%を大きく上回っていました。つまりポンド高や原油安によって国民の実質的な所得が上がり、消費が増えたことを表しているんです。
あくまでインフレやデフレは好況や不況という経済現象の結果であって、好況や不況の原因にはならないんです。経済学の世界では、原因と結果の転倒した見方をそろそろ改めるべきではないでしょうか。
井沢:なるほど。確かにインフレといっても、全員が困るわけではない。幕末の場合も、農民はコメを持っているから、インフレでモノは買えなくなるにしても、食うには困らない。町人は、たとえば手間賃なんかを値上げする。すぐには追いつかないけど、物価が3倍になったのならば、手間賃を3倍にしてもらうということは不可能ではない。ところが、武士はコメで給料をもらっているのに、そのコメがメチャクチャ値下がりしたわけだから、もう本当にやっていけなくなった。
だから「ええじゃないか」というのは、発端はもちろん伊勢神宮のお札をまくという宗教的暴動のようなものかもしれませんが、私は「もうこれじゃあ、とても食っていけねえ」という幕府の経済失政に対する怒りだと思うんです。
日本でもフランスでも言えることですが、インテリが「このままではわが国はダメになる」と言っただけでは、絶対に国は変わりません。庶民が「食えなくなった」と実感すると、国は変わるのです。そういう意味では、徳川幕府の政策が明治維新を起こしたと言ってもいいと思います。
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