深刻な「健康格差」をなくすことはできるのか

社会の不公平が健康の不公平をもたらす

著者のマイケル・マーモットについて触れておこう。マーモットは、公衆衛生を専門とするイギリスの医師で、2010年から2011年にイギリス医師会会長を、2015年から2016年に世界医師会会長を務めている。また、2005年から2008年にはWHOの「健康の社会的決定要因委員会」の委員長を務め、健康格差とその決定要因に関する影響力のある報告を行っている。もうおわかりのように、彼は本テーマに関する世界屈指のオピニオン・リーダーなのである。

それでは、先に述べたような健康格差はどうして生じてしまうのか。その原因はいろいろ考えられるが、わかりやすい原因のひとつは貧困(ないしは所得格差)だろう。十分な収入があれば、健康的な食生活を送ることができるし、必要な医療へアクセスすることもできる。しかしおカネがなければ、それらを得ることはかなわない。現に、すでに見たように、一般に平均寿命が高いのは高所得地域や富裕国で、平均寿命が低いのは低所得地域や貧困国だ。

だが重要なのはそれだけではない、と著者は指摘する。マーモットによれば、健康格差の根底にあるのは「社会の不公平」である。

“社会の不公平が健康の不公平をもたらす。”

“権力、資金、資源の不公平が、日常生活の状況に不公平を生じさせ、その結果、健康の不公平につながる。”

具体的には、社会の不公平は、乳幼児の発育環境(第4章)、教育(第5章)、労働・雇用条件(第6章)、老年期の生活環境(第7章)、コミュニティ(第8章)などの違いとなって現れる。そしてそれらの違いが、それぞれの経路を介しながら、最終的に健康の不公平を生じさせる、というのである。

母親の教育水準と乳児死亡率の深い関係

そうした社会的決定要因のなかでも、著者がことさら強調するのが教育(とくに女性の教育)だ。なぜなら教育は、「十分な情報に基づいて生き抜く力」や、「もっと栄養のある食事、おカネになる仕事」、そして、「出産も自分でコントロールできて、産むことにした子どもが死なずに、健康に育つ可能性の高い生活」などを人に与えるからである。以下ではその例として、母親の教育水準と乳児死亡率の関係を見てみよう。

こちら(WHOのサイト内)にある、低・中所得の国々のデータを参照してほしい。そこでは出生1000人あたりの乳児死亡率が国別に示されているとともに、母親が学校教育を受けていないケース(No education)と中等教育ないし高等教育を受けているケース(Secondary or higher)とが別々に示されている。

さて、このデータからわかることは何だろうか。ひとつは、国々の間で乳児死亡率が劇的に異なっているということだ。コロンビアでは乳児死亡率が1000人あたり20人程度であるのに対して、モザンビークでは120人以上に及んでいる。

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