原発、爆発。そのとき、老人ホームは?

自分の家族と要介護者――。守るべき命の狭間で

リリー園、介護職員の新妻高光さん(当時42歳)は震災以降、5歳になる息子と両親の行方がわからないまま、心が張り裂けそうな不安と焦りの中で、リリー園の利用者の介護を続けた。

「食事を与えようにも、特に介護度の高い人は、避難所に配布されるようなオニギリやパンは食べられません」

避難生活の中でも大変だったのは食事だったという。食べ物を飲み込む力や咀嚼(そしゃく)機能が低下した利用者の中には、オニギリやパンをそのまま食べられない人もいる。そういった利用者には、配給されたオニギリやパンを再度ふやかして食べさせなければならない。そのためには電子レンジやカセットコンロ、炊飯器などの加熱調理器具が必要だが、そうした設備は学校にはなかった。リリー園ではこうした調理器具を職員たちが何とかかき集めた。

水さえも、そのまま飲み込めば気道に入り、肺炎を引き起こす原因になる。水にとろみをつけて飲み込みやすくする「とろみ剤」や、まったく口から栄養がとれない人のために、「経管栄養剤」が必要になる。しかし、こうした介護用品は、避難所には届かない。そのため、わずかな介護の人手を割いて、ドラッグストアや病院に探しにでかけなくてはならなかった。リリー園の職員は、昼夜を問わず不眠不休で続く介護の中で、疲弊していった。

逃げるのか、守るのか

そんな中、独自避難し、離脱する職員が後を絶たなくなった。

介護職員の減少は、直接、利用者の命にかかわる。しかし、その職員1人ひとりにも守らなくてはならない家族がいる。家族と利用者を天秤にかける――。その判断を職員1人ひとりが行わなくてはならなかった。

「どこまで職業として職員に求められるのか。私も答えがみつかりませんでした。家族をおいてまで利用者をケアするのはどうなのかとも、正直思います」新妻さんは、そう言葉を振り絞った。

福島第一原発の事故では、放射線の影響を恐れ多くの介護職員や看護職員が独自避難し、中には数人を残してほとんどの職員が避難する施設もあった。職員が「利用者の避難が終わるまで残りたい」と言い張っても、施設長の指示で避難させることになったケースや、幼い子どもがいるなど家庭の事情で職員自ら泣く泣く避難したケースもあった。

残った職員には家族と連絡がとれない人もいたが、いつまでこの避難生活が続くのか見通せないまま、不眠不休の介護を連日続けていた。日に日に身体的にも精神的にも追いつめられ、ベッドも介護用品も食事も限られた中で、どんどん利用者の容態が急変していく。

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