乙武洋匡が見たガザ地区の痛ましすぎる現実

失業率40%超、空爆が日常の難民キャンプ

しばらく車を走らせると、人通りの多い地域に差しかかった。乗用車だけでなく、車道には荷物を引いたロバも行き交っている。道の両脇には商店が並び、暇を持て余した男性たちが昼間から道端でお茶を飲んでいる姿が見える。他のアラブ諸国を訪れた際にも、同じような光景は目にしていた。そのときにはどこか微笑ましいものだと感じていたが、ガザにおける失業率が40%超というデータを知ってしまうと、それを「ほほ笑ましいもの」として済ませることは難しくなる。

彼らにはいまだ帰る土地がない

そこから15分ほど車を走らせると、ビーチ・キャンプに到着した。言葉の響きこそ美しいが、ガザに8つある難民キャンプの一つだ。ガザにおける“難民”の定義は、少し特殊かもしれない。1948年のイスラエル建国により勃発した第一次中東戦争で、その土地に住んでいたパレスチナ人たちは土地を追われ、家を失った。以来70年近く経つが、彼らにはいまだ帰る土地がないため、その子孫も「難民」と定義づけられ、UNRWAがサポートを行っている。そのため、実にガザ人口200万人のうち約7割が難民に当たるのだという(残りの3割はもともとガザに住んでいた人々)。

ビーチ・キャンプはその名のとおり、海岸からすぐ近くに位置している。日常的に空爆を受けている地域だとはにわかに信じがたいほど、ガザには青く、美しい海が広がっている。その美しさは、息を飲むほどだ。しかし、そこから道を一本隔てた場所には、明日食べるものにも不安を抱える人々が住んでいる。ドライバーは近くに車を停め、私たちをビーチ・キャンプ内の細い路地へと誘った。私たちは、生活の場に土足で立ち入るようなことをしてしまっていいものかと悩んだが、やはり現実を直視し、そこで見た光景を日本へと伝えることこそが責務であると思い直し、車を降りて彼の後に続いた。

崩れる前は…

路地を進むと、悪臭が鼻をついた。下水管が破裂しているので、汚水が流れ出ているのだという。落書きだらけの壁に囲まれた、幅80センチメートルほどの細い路地をさらに進む。車いすがやっと通れるほどの狭さだ。右側に、空爆を受けたのだろうか、天井がなく鉄骨がむき出しとなっている建物が現れた。正面の壁も崩壊しているので、もはや“建物”と呼んでいいのかさえわからないほどだ。わずかに残された壁面の色合いは、美しいパステル調のピンク。崩れる前は、きっとすてきな家だったに違いない。

その奥に、人影が動いているのが見えた。子どもが3人いる。向こうは向こうで、こちらの様子をうかがっている。

「サラマリコン(こんにちは)!」

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