ミスター円「インフレ2%は無理、でも大丈夫」 低成長を明るく楽しむ「ポルトガルの教訓」

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会社に忠誠を誓って、長時間労働に耐え、サービス残業を重ねるような働き方は、もはや通用しません。それよりは、さっさと帰って、自分の好きなことをやって遊んでいたほうがいい。遊ぶことで心に余裕が生まれ、視野が広がり、発想力や創造力が発揮されるからです。

昔、私が旧大蔵省にいた頃は、さっさと帰っていました。当時の大蔵省は殺人的に忙しい役所として有名でしたが、それでも帰ることはできました。結局、早く仕事を終えて帰るという習慣をつければいいだけのことです。これは、今はやりの「働き方改革」の流れにもかなっていることです。

低成長時代の日本は成熟社会です。成熟した社会の労働者は、働いた量ではなく質を問われます。質の高い仕事をするには、人生を楽しむ心が不可欠です。

楽しむ心が柔軟な発想を生み、社会に安定的な富を生みます。

今日をエンジョイする。

この気持ちの切り替えが、成熟した日本に安定した豊かさを実現するのだと思うのです。 

ポルトガル絶頂期の教訓

16世紀ごろのポルトガルに、こんな格言が生まれました。

「今日よりいい明日はない」

当時は、大航海時代の終わりにさしかかり、スペインと並んで世界最強国だったポルトガルが、少しずつ、その座から滑り落ちていく時代です。軍事的にも経済的にもピークが過ぎ、これから悪くなることはあっても良くなることはないだろうという見通しが、この言葉の背景にあります。

つまり、もはや成長が見込めない時代の言葉だったわけです。

けれど、この格言を口にしているポルトガル人たちは、別に悲観していたわけではないようです。これから先、良いことはないなどと思って悲嘆にくれていたのかといえば、そうではない。むしろ、楽観的でした。

今が最高なのだから、楽しむべきだ。そういう気持ちを込めた格言なのです。この先の自分たちが没落していくだろうと思うのではなく、最高の時代に生きていることを喜び、感謝し、楽しもうと言っているわけです。

この格言は、現代の日本人にとって重要な示唆を与えてくれます。

なぜなら、21世紀の日本は16世紀のポルトガルと同じように、大きな成長が難しい時代にさしかかっているからです。

成長しないことを、没落の予兆ととらえて怯(おび)えるのではなく、成熟ととらえて喜ぶこと……。

ポルトガルの歴史から生まれた格言は、私たちにこんな人生の知恵を教えてくれていると思えるのです。そんな思いから、このたび『「今日よりいい明日はない」という生き方』という本を上梓しました。

つまり大事なのは、強引な景気刺激策でも極端な改革でもなく、「人生を楽しむこと」だと思うのです。

榊原 英資 青山学院大学特別招聘教授

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さかきばら えいすけ / Eisuke Sakakibara

1941年生まれ。東京大学経済学部卒業。大蔵省入省後、ミシガン大学で経済学博士号取得。IMFエコノミスト、ハーバード大学客員准教授、大蔵省国際金融局長、同財務官を歴任する。為替・金融制度改革に尽力し、「ミスター円」と呼ばれる。

1999年に退官後、慶應義塾大学教授、早稲田大学教授を経て、現在、青山学院大学特別招聘教授、一般財団法人インド経済研究所理事長。『榊原英資 インド巨大市場を読みとく』(共著)、『幼児化する日本社会』(以上、東洋経済新報社)、『国家の成熟』(新潮社)など著書多数。

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