男はみんな「元カノの成分」でできている

43歳男性が忘れられない人を思い出すとき

いや、あの頃、彼女が大好きだったB級ホラー映画も、星新一のショートショートも、高円寺のインドカレー屋もツボだった。彼女の行動はすべて正義だった。それは今の今まで変わらない。もう会うことのない最愛の彼女は、自分のことよりも好きになった人だった。

彼女の実家には書庫があって、そこにはボクの知らない本が積まれるように置かれていた。ひんやりとしたその部屋で、彼女は無知なボクによく本を選んでくれた。中島らもや大槻ケンヂ、沢木耕太郎にウィリアム・バロウズ。ボクの本棚に今でも並んでいる本は、彼女から教えてもらったものばかりだ。

ロッテリアでよく2人で夕方まで、昨日の深夜ラジオの話や今月号の『ロッキング・オン・ジャパン』の話なんかをしていた。そんな時、突然彼女はおもむろにMDウォークマンの片一方をボクの耳に突っ込んでくる。バネッサ・パラディ、ジャミロクワイ、小沢健二にフィッシュマンズ。今でもiPodに入っているそれらすべては、彼女のイヤホンの片一方から聴こえてきて初めて知ったものだった。

思わず「マジかー」と言ってしまった

「いいね」

彼女はいつもそんな感じで、本や音楽の感想を言っていた。正直に言うと、中島らもも大槻ケンヂもジャミロクワイも小沢健二も、ボクにはわからなかった。でも彼女の好きなものを好きになりたいと、一生懸命読みふけって、聴き込んでいたのを覚えている。

彼女と最後になった日は、夏の終わりの暑い日だった気がする。なんでもないデートのはずだった。なんでもない会話をして、決定的じゃない言葉を交わして多少居心地は悪く、次の約束をして、それっきりになった。「今度、CDもってくるね」。彼女の最後のセリフは確かそんな感じだ。

「小説を出しませんか?」。そう言われたのは去年のことだった。ボクはその打診をされた時、思わず「マジかー」と言ってしまった。小説のテーマはやっぱり彼女のことになった。唯一忘れられない女性。自分よりも好きになった人。今でも時おり壁にかけられた偶像のように思い出す、信仰に近い存在。

次ページ怒涛のように浮かぶ彼女との思い出
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