男はみんな「元カノの成分」でできている 43歳男性が忘れられない人を思い出すとき

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さて、何をどう書こうかとボクはしばらくベッドに大の字になってみた。彼女がB級ホラー映画を観て爆笑している瞬間が蘇ってきた。PHSに届いた飼い猫の訃報に「マジかー」とポトポトと涙をこぼす彼女の姿を思い出した。高円寺のカレーはスパイスが効きすぎていた。星新一の本にしおり代わりに挟んであった「好きよ」というポストイットを今でも持っている。フィッシュマンズのナイトクルージングをエンドレスにかけたまま、クーラーを最強に設定した部屋で、ふたりして裸のまま眠った真夏の夜が懐かしい。

そのままになってしまった約束ごとが次から次に頭をよぎった。チラシだけを集めに行った単館映画館、写ルンです!の粒子の粗い写真に並んで写った沖縄旅行。彼女の小指は普通の人より短かった事実。ビールは絶対、シンハービールだった。たばこは誕生日に1本だけ吸う約束。レンタルビデオで何度も借りたのはなぜだか『グーニーズ』。原宿の雑踏から逃げるように入った裏道の地面にでふたりして座っていた。あの時、彼女は何を話していたんだっけ? ボクは確かに笑っていた。

今でも救われる彼女の言葉

会社近くの公園の、向かいのベンチではホームレスの男性がうたた寝をしている。ベビーカーを引いた若い女性が笑顔で公園を横切る。空には手で千切ったような雲が点在して、秋の気配を予感させる。「いいね」なんて言葉が、あの時の彼女のようにボクの口から漏れる。

彼女と別れてずいぶん経った。それでもボクは東京で大して腐らず生きている。たくさんのウソを周りについて、自分にもついて生きている。1つだけ守ってきたことは、生きることを諦めなかったことだろう。

「マジかー」以外の彼女の口癖は「大丈夫だよ、君はおもしろいもん」だった。彼女の何の根拠もないその言葉に、ボクは何度救われただろう。彼女はいつまで経っても思い出にならない人だった。思い出にならないから、できないから、ボクは今日までこのビクともしない終わらない日常からはみ出さずに歩いてこられた。そうだ、彼女から教わった本の中に、こんなフレーズがある。

【公園でうたた寝をし、よく本を読み、好きな作家のお墓参りに行く、なるべく野菜を食べ、まだ行ったことのない暑い国へ思いをはせる。相手の言ったささいな言葉を忘れず、なるべく多くの詩を書く。今ボクのやっていることの何分の一かは、彼女と出会っていなければなかっただろう。いろいろなことを彼女との日々の中から学習したのだ。】――大槻ケンヂ著『のほほん雑記帳』

端的にいってこの文章が、すべての文章の中でいちばん美しく愛おしいとボクは今思っている。

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