サントリー「セクハラ動画」炎上は防げたか 「失敗の本質」と「再発防止策」を考える

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マネジメントの観点からは、良くない表現が表に出てしまった後の対処も重要である。事例として取り上げたのは製品CMであり、動画への批判がそのまま製品売り上げや企業のブランドイメージに影響するか、気になるところだ。

議論されることは少ないが無視できないのは、社外ではなく社内への影響である。特に差別的なニュアンスのある表現が発信され、批判された場合、担当部門以外の社員のモチベーションを下げることがあるからだ。

社内にとっても、何もいいことはない

以前、話を聞いた企業では、女性差別的と批判を受けてインターネット上のコンテンツを公開停止、謝罪したことがある。複数の従業員から「こんなものが外に出て腹立たしい。でも、自社製品を表立って批判できない」という意見が寄せられた。発信された内容はひどいもので顧客を怒らせたが、それだけでなく、従業員のやる気をそいでしまったことも悪影響と言える。

この企業では、問題のコンテンツ公開直後に社長がこれを知り「ひどい差別だ」と怒りをあらわにしたそうだ。制作から公開までの意思決定に社長が関与することはなく、現場で起きた失敗だったが、事後的に社長は自らの規範を示したことになる。「あれをおかしいと思った自分たちの感覚は間違っていなかった」と感じた従業員は、ほっとしたことだろう。

多くのビジネスパーソンは、おカネだけのためでなく、社会的な意義を感じながら働きたい、と思っている。自社が差別を助長していたら、良心的な人は、モチベーションを削がれ、組織への帰属意識は薄れるだろう。それは経営者から見て、大きな損失ではないか。

繰り返される企業動画炎上の事例。今回の事例を「たまたま運が悪かった」とひとごとのように見ていれば、おそらく近いうちに、類似の炎上が起きるだろう。それなりに予算をかけて制作した動画が公開まもなく使えないのは、企業にとって無駄である。経営合理性の観点からも、何が問題だったのか、自社で起きる可能性はないか、マネジメントの観点で考えたほうがいいと思う。

治部 れんげ ジャーナリスト

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じぶ れんげ / Renge Jibu

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。日経BP社、ミシガン大学フルブライト客員研究員などを経て2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、日本ユネスコ国内委員会委員、日本メディア学会ジェンダー研究部会長、など。一橋大学法学部卒、同大学経営学修士課程修了。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版社)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館)、『ジェンダーで見るヒットドラマ―韓国、日本、アメリカ、欧州』(光文社)、『きめつけないで! 「女らしさ」「男らしさ」』1~3巻(汐文社)等。

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