韓国の若者がこぞって「公務員」を目指す事情 「希望」を失いつつある若者世代の閉塞感

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公務員試験を受ける人たちに話を聞こうと、塾から出てくる生徒に声をかけたが、皆忙しそうに首を振って、けれど丁寧に一礼して足早に立ち去って行く。

「ほんの少しなら」とようやく話をしてくれたのは、この街に来て1年という男子学生の李さん、28歳だった。考試院でアルバイトをしながら勉強しているという。警察官志望だという李さんは韓国第4の都市、大邱(テグ)の出身だ。

「本当は弁護士になりたかったんですが、3年がんばったけれどだめでした……。一般企業に入社するには年齢が不利ですから、それなら警察の知能犯罪科で働ければと思い、勉強しているところです。親にはもう迷惑もかけられないので、考試院の費用だけでも負担しようと思い、アルバイトしながら勉強しています」

公務員試験の受験生が住む「考試院」

考試院は自炊できるアパートで、トイレ・シャワー、台所は共同。ひと月の家賃は20万~40万ウォン(2万~4万円)ほどだ。考試院でのアルバイトは、電話の応対や新しい入居者との手続きなど。地方出身者がまず住居を探すのが、塾が立ち並ぶノリャンジンだという。

ただ、最近ではほかの街で住居を探す人も多いようだ。ノリャンジンで塾近くに店を構える飲食店経営者は「ここは誘惑も多いから、意志が弱いと流されてしまう。何人かで固まって遊んでいる子も多いですよ。だから、わざわざ別の場所に住居を探すのでしょう」と話していた。

ノリャンジンで塾の近くにあった割安文房具店(筆者撮影)

ノリャンジンを歩き回ってみて、1人で黙々と行動する人が多い印象があった。なるほどそんな事情もあったのかと思っていると、李さんは、「準備生は、同じ境遇ですが、みなライバルで一分一秒が惜しいのです。だから過度に敏感になっていて、スタディルーム(自習室)で少しでも音を出すとクレームが来ます」と教えてくれた。

韓国のことわざで言うところの「天の星をとる」ような難関を突破した合格者にも話を聞いた。2年前に公務員試験に合格した30歳の女性、呉さんは、ソウル市内の大学を出た後、6年間、公務員試験の受験生活を送った。それでも、呉さんが公務員にこだわったのはこんな理由からだ。

「女性にとって、定年が保障されるだけでなく、育児休暇もとれるなど福利厚生も厚い職業のひとつが公務員でした。中小企業に就職した友人もいますが、残業やきつい仕事に追われているのにお給料は低いし、育児休暇もなかなかとれないとぼやいています。公務員ならばそういう悩みはありません。それに公益のために働けることにも魅力を感じました。最初の1~2年目くらいまでは民間企業に入る選択肢もまだ残されていましたが、それ以降は年齢がネックになりましたし、勉強していた時間を無駄にしたくなかった」

ソウル出身の呉さんだが、ノリャンジンにある塾には通わず、塾が運営しているインターネット講座を自宅で聞いて勉強した。塾ではインターネット講義も運営していて、移動時間がもったいないという理由やリアル授業よりも価格が低廉なために、利用する生徒も増えている。呉さんの6年という受験期間の中でいちばんつらかったのが「未来が不確実だという不安」だったという。そんな呉さんは机に幼い頃の写真を置いて気持ちを奮い立たせたそうだ。

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