「北斗の拳」のザコが舞台で主役を張れるワケ 「世紀末ザコ伝説」が映す人気作品の世界観
もう1つ、『北斗の拳』におけるザコの重要な役割が「世界観づくり」だ。『北斗の拳』の世界は核戦争により文明が滅亡しており、希望の持てる状態ではない。実際、一般人はうつむいて暮らしていることが多く、彼らを奮い立たせることがケンシロウ一行の役割になっている面もある。
荒廃した世界にもかかわらず、『北斗の拳』の世界には明るさや自由さも漂う。その空気をつくっているのがほかでもないザコたちだ。彼らは何にも気兼ねせず、思うままに生き、いつもゲラゲラと笑っている。悲しみや不幸には目もくれず、自由を謳歌する。その姿はしがらみや組織、人間関係にがんじがらめになっている読者からすれば、いっそすがすがしい。
ザコがいなければ、『北斗の拳』は絶望の中であがく人々の苦しみを描く物語になっていたかもしれない。喜怒哀楽の哀を持たないザコが騒ぐからこそ、『北斗の拳』の世界は明るさを保っていられるのだ。
底抜けの明るさで暗い世界に光を当て、傍若無人な振る舞いで主人公の正義に正当性を与え、無残な散り方で読者にカタルシスを与える。ザコ相手だからケンシロウは技を披露できるし、強敵(とも)の信念も浮き彫りになる。似合わない言葉で表現するならば、縁の下の力持ち、人気作品を作り上げた立役者こそ、『北斗の拳』のザコの正体なのだ。
物語には「主人公」と「主役」がいる。「主人公」とは作品の中心人物、物語を動かす存在なのに対し、「主役」とは作品の題材、メッセージ、世界観を象徴する存在だ。この考え方に立てば、『北斗の拳』の主人公はケンシロウで、主役はザコともいえるだろう。
いるだけで価値がある「ザコ」という存在
それにしても、なぜ「舞台化」なのだろうか。これには昨今の「2.5次元ブーム」が大きく関係している。「2.5次元」とは漫画やアニメ、ゲームといった2次元の作品を舞台化したコンテンツの総称で、2014年には「一般社団法人 日本2.5次元ミュージカル協会」が設立されている。
もともと宝塚歌劇団の『ベルサイユのばら』のミュージカル化やバンダイの『美少女戦士セーラームーン』ミュージカルなどの事例はあったが、本格的なブームを巻き起こしたのは2003年から現在まで続くミュージカル『テニスの王子様』(通称テニミュ)だ。役者のビジュアルからストーリーまで原作を丁寧に再現した作品は高い人気があり、現在までに観客総動員数100万人を超えている。
2.5次元の盛り上がりに伴い、取り上げられる作品数も増えてきた。『NARUTO』『犬夜叉』などの人気作品から『ハイスクール!奇面組』『パタリロ!』などの過去の名作、『黒執事』などの最新作まで、2017年だけでも40作を超える公演が行われている。
2.5次元はライブ同様、参加者と役者の間に強い一体感が生じる。加えて原作世界の再現にこだわっている作品も多く、ファンは「大好きな世界観に没頭する」体験ができる。もちろん、原作とは声も見た目も変わるし、2次元ならではの表現はカットされるため、すべての読者・視聴者に受け入れられるわけではない。しかし、2.5次元市場は2013年の統計開始から毎年右肩上がりに成長しており、じわじわと裾野が広がってきているのも事実だ。
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