ネット時代に、なぜ「読書」が大事なのか? カリスマ編集者と経営学者、「読書」を語り尽くす(下)

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アイデアを連続して回収する

佐渡島:ミステリー作家と打ち合わせをする中で気づいたことですが、ほとんどのミステリー作家はアイデアをひとつ思いつくと、それを伏線にし、回収して終わらせるのです。それだけだと読者は「ああ、やっぱりこうしたか」と思う。

佐渡島庸平(さどしま・ようへい)
コルク社長
1979年生まれ。中学時代を南アフリカ 共和国で過ごし、灘高校に進学。2002年に
東京大学文学部を卒業後、講談社に入社し、モーニング編集部で井上雄彦『バガボンド』、
安野モヨコ『さく らん』のサブ担当を務める。2003年に立ち上げた三田紀房『ドラゴン桜』は600万部のセールスを記録。小山宙哉『宇宙兄弟』も累計1000万部超のメ ガヒットに育て上げる。12年10月、講談社を退社し、作家エージェント会社のコルクを創業

でも、すごいミステリー作家は、アイデアをいったん回収しても、まだ回収していない部分を残しておいて2度目の回収をし、「あ、最初のやつは小さい伏線だったんだ」と読者が思ったところに、3度目の回収をするのです。同じアイデアを2回使うと繰り返しと思われるけれど、3回か4回使った瞬間から、読者は「すごい。なんて練られているんだ」と思います。まったく同じことがビジネスでも起きていますね。

たとえば「ボルヴィックを1本飲むと、木が1本買えます」というのはひとつのアイデアだけです。購入した後のアクションが、何回かつながったほうが全然おもしろいし、買ったあと、いつ、どういうアクションをするとどうなるかによって、商品へのロイヤリティが変わっていくはずだと思うのです。こうなると、広告代理店がやっていた3カ月か6カ月のキャンペーンでは短すぎる。連続してアイデアを何度も回収するには、事業会社側がストーリーを描く人間を雇って考えないと駄目だというのが僕の意見です。

楠木:優れたミステリー作家の方というのは、アイデアの回収を自分の経験の中で直感的にやっていらっしゃるものですか。それとも言語化していますかね?

佐渡島:言語化できている人は少ないですね。でも、言語化できると、作家として活躍できる期間が長くなると思います。なので、僕は、そういう発見をできるだけ、言語化して自分の担当する新人に伝えています。

楠木:なるほど、言語化、論理化、一般化みたいな話ですね。現場で創作の当事者になっていると、かえって言語化や論理化が難しくなる面がある。だから佐渡島さんのような、創作者と別にディレクションをする仕事に固有の意味が出てくる。

佐渡島:そうですね。僕はけっこう楠木先生と似ていて、大学に残って文学の研究者になるつもりで本を読んでいたのです。文学の研究者でも、中途半端な人は作家の生い立ちを調べたりしますが、しっかりした研究者は、作家の行動まで読み取っています。「そういう読み方ってすごくカッコいいな。編集者になったときも同じ読み方をしよう」と思っていました。その意識で漫画家に質問すると、どう作品を作っているかを言語化して答えてくれるのです。

たとえば漫画の見開きで、吹き出しの中に「……」だけが入っているページがある理由を聞いたことがあります。「黙っているんだったら、絵だけでよくないですか?」と。すると漫画家は、「人はみんな吹き出しの中を見る癖がついているから、吹き出しがないページをめくる速度が速い。だけど『……』の吹き出しを入れると、この絵を長く見る。ここのめくりが遅くなることが、次のページにつなげるには重要なんだ」みたいな話をしてくれる。まさにテクニックの言語化ですよね。

楠木:なるほどね。話が順列のところに戻りますけれど、僕は本にしても漫画にしても、時間の流れが埋め込まれていると思うのです。普通は前から順番に読むわけですから。漫画の場合、連載というかたちがまずあって、単行本になっても本としての流れがあって、連載1回1回というミクロの話から、全60巻というマクロの話まで、時間軸になっていますよね。時間の流れでストーリーや価値をつくるセンスがものすごく磨かれる分野でしょうね。

佐渡島:そう思います。漫画に限らず、本はそういうところがあると思いますね。楠木先生の『戦略読書日記』にしても、どういう順番で話が展開するかが、よく考えられているじゃないですか。

楠木教授が、書評に仮託して、経営や戦略について大切だと考えることを全力全開で主張

楠木:いや、あまり考えていないですよ、これは。

佐渡島:そんなに考えていないつもりでも、考えられている。言語化できていないということです(笑)。たとえば序章で取り上げている1冊目の本が『ストーリーとしての競争戦略』でしょう。

楠木:ああ、そうですね。

佐渡島:1発目から自分の本を取り上げるなんて、普通はしないでしょう。普通はしないことをすることで、楠木先生のキャラクターについていきなり自己紹介が済んでいます。文章のうまい人は、そういうことが無意識にできていますね。どういう順番で書くとわかりやすいか、興味が引けるか、効果が出るかがわかっているということですから。

「スラムダンク」の中のいちばんすごいせりふって、「バスケが好きです」なのです。バスケ漫画で「バスケが好きです」というシンプル極まりないせりふを最高のせりふにするって、むちゃくちゃ難しい。それができるのが演出だと思います。たぶん経営者はみんな、自分の経営に対してストーリーを作ろうとしているとも思いますね。

楠木:僕がちょっと区別して考える必要があるなと思っているのは、「ストーリーがある本」と、「ストーリー仕立ての本」は違うということです。ストーリー仕立てでドラッガーのマネジメントを本にすると『もしドラ』になる。みんながわかって、内容は面白いに決まっています。ただし、僕らが話題にしている「ストーリー」は、単なるお話仕立てとは、全然、違いますよね。

佐渡島:違いますね。

楠木:ここが多くの人が誤解するところで。これからは「ストーリーが生み出す価値が大切だ」ということを周知のものにするため、新しい「ストーリー」が必要になってくると思います。

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