ネット時代に、なぜ「読書」が大事なのか? カリスマ編集者と経営学者、「読書」を語り尽くす(下)

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ビジネス書の問題点

楠木:僕は出版社の側も、実用効率を前面に出しすぎると思いますよ。「7日間でわかる○○」とか、「1分でできる○○」とか、「サルでもわかる○○」とか。分子に○○という成果を置いて、分母に短い時間や論理の簡易性を置く。こうやって効率を主張しだすのは、本の自殺だと思います。素早く簡単に役立つものを追究するというのは、本が持っているいちばんいいところを、なくしていく方向ですから。ネットサーフィンで事足りる。

佐渡島:つくり手の美意識の問題もあると思いますね。ビジネス書は似たタイトルがとても多い。『○○力』という本が1冊売れると、みんな『○○力』というタイトルの本をつくってしまいます。小説家や漫画家は言葉を産み出すことを仕事にしているから、「誰かが生み出した言葉のニュアンスをまねちゃったら格好悪いよね」という感覚があります。

とはいえ漫画にも同様の問題はあって、新人賞に応募するほとんどの人たちは、すでにある漫画を見て作品を描いてきます。小説を読んだり映画を見たりして作品を仕上げますが、肝心の自分の心を見ていない。自分の目で風景を見て描いていないのです。僕が思う才能のある新人は、「下手くそだけど、自分の目で見て描いているな」とか、「ああ、自分の心のことを描いているな」と感じられる人。そういう新人は、見る回数を増やす、見るポイントを増やすという工夫で、どんどん変わるし成長するものです。

楠木:なるほど。

佐渡島:ビジネスのサービスも似た問題がありますよ。たとえばセブン‐イレブンがレジのところに荷物を置く棚を設置したら、その後、コンビニも同じような棚をつくりました。確かに便利だし、すぐまねたくなる気持ちもわかるけれども、ただ素直にまねまくっていたら、絶対に最初に始めた企業を抜けないし、勝てない。違う方向で頭を使ったほうがカッコいいし、長い目で見た場合、入ってくる社員の質も絶対に高くなると思います。

楠木:僕はビジネスマンによく聞きます。「最近、自分の頭だけでものを考えたのは、いつでしたか? 10分間連続して、自分の頭だけで何かを考えたことのは、いつですか?」と。答えられる人は非常に少ないですよ。

自分の頭だけで考えるとは、雑誌もテレビもネットも新聞も何も見ないこと。できたら目から入ってくる情報もないほうがいい。本当は真っ暗にして考えるのがいちばんだと思うので、アイマスクを持ち歩くべきだと言いたいくらい。本を読んだらアイマスクをして、視覚情報もないところでしばらく考える時間をとる。会社でやると「お前、寝てるのか」という話になるので、「思考中」と書いたアイマスクがいいかもしれない。僕の本のノベルティにつけようかな(笑)。それほど自分の頭で考えるということが、あまりに希薄になっている。読書をして、情報を遮断するのは、自分で考えるという行為を取り戻すいちばんいい方法でしょうね。

佐渡島:あれ、話がまとまった気がしますね(笑)。やっぱり南アフリカ時代の情報遮断が、論理を組み立てたりストーリーを考えたりするうえで、効いていたということかもしれません。

楠木:主要なメディアは空の雲(笑)。

佐渡島:人がいないから友達もいないじゃないですか。情報も少ないし、交流できるのは家族くらい。何もかもから本当に遮断されていましたよね。

楠木:南アフリカ経験の本質は「情報遮断による思考の強制」だったのかもしれませんね。さすが名編集者、最後にアイデアをちゃんと回収してくださいました。近いうちにぜひ、2回目、3回目の回収を(笑)。

(構成:青木由美子、撮影:田所千代美)

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東洋経済オンライン編集部

ベテランから若手まで個性的な部員がそろう編集部。編集作業が中心だが、もちろん取材もこなします(画像はイメージです)

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