ロンドンは本当に多様性に満ちた都市なのか 現地20人に聞いてわかったテロとの距離感

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バングラデシュ出身のSyrihahさん(写真:筆者提供)

「差別は……あります。私自身、街中でカバンの中に爆弾が入っているんじゃないかと疑われたこともありますし」

道路脇の露店でTシャツやカバンを販売していた50代のイスラム教徒の女性は、「名前も伏せてくれるなら」と自身が受けた差別的なエピソードを語ってくれた。

「ムスリムというだけで、電車で私から席を遠ざける人もいれば、ヒジャブ(頭にかぶる布)を引っ張ってくる人もいます。次に何をされるのかと思うと、怖くてここ(Stratford)を出ることができません。子どもは中心部のほうで働いているので、毎日心配で……」

そうは言っても、生活のために仕事をやめるわけにはいかない。そんな状況のなかでも、自分らしさを保ちながら生きていくしかないのだと口にした。

テロとの距離感と、多様性に対する認識

すべてを掲載することはできなかったが、総勢20人近い人々にインタビューを試みた。印象的だったことが2点ある。ひとつは、テロとの距離感。日本では、「もしテロが起こったらどうしよう」と見えない恐怖におびえている。つまり、テロは起こらないものだということが前提となっている。しかし、ロンドンでは「テロと共生していかなければならない」というTrinaさんの言葉にも代表されるように、「テロはいつ起こってもおかしくないもの」という認識が目立っていた。

もうひとつは、多様性に対する認識。白人たちは一様に「差別はない」「ロンドンは多様性の都市だ」と口にしていたが、有色人種からは「中心部を離れると差別はある」「特定の人種や宗教に対する偏見もある」という声も聞こえてきた。特にムスリムに対する差別行為に関しては、具体的なエピソードを語ってくれる人もいた。

それでも彼らの多くに共通していたのは、希望を失っていなかったこと。現在のロンドンが共生社会として理想郷かといえば、決してそんなことはないのだろう。だが、現在はあくまでも理想を実現するまでのプロセスであり、その途上でさまざまな誤解や衝突が起こることは、現実問題として受け止めていくしかないと考えているように思われた。

爆弾を持っているのではと疑われた経験を語ってくれたSyrihahさんの言葉が強く印象に残っている。

「私たちムスリムだって、白人を差別することは簡単です。彼らは酒ばかり飲んで酔っぱらい、抑制の効かない暴力を振るって……。それこそ危険です。でも、そんなことを言い出したらキリがない。共生社会が成り立たなくなってしまう。だからこそ、ここではお互いに信頼すること、尊重することが大切なんです」

国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2010年に約1億2800万人だった日本の人口は2060年に約8600万人まで急減すると見込まれている。日本でも、いずれ移民を受け入れるか否かについての国民的議論を始める時期が訪れるだろう。いや、もうこの先すでに始めなければならない時期に来ているはずだ。その際、私は社会の一員としてどう考え、行動したらいいか。自らの結論を出すために、何度も、何度も、今回のインタビューを聞き返すことになるだろう。

乙武 洋匡 作家

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おとたけ ひろただ / Hirotada Ototake

1976年、東京都生まれ。大学在学中に出版した『五体不満足』がベストセラーに。卒業後はスポーツライターとして活躍。杉並区立杉並第四小学校教諭などを経て、2013年に東京都教育委員に就任。著書に『だいじょうぶ3組』『だから、僕は学校へ行く!』『オトことば。』『オトタケ先生の3つの授業』など多数。

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