さらに重要なのは、トランプ大統領は何百万もの雇用を取り戻すことはできない、ということだ。貿易黒字の大きいドイツや日本など、あらゆる先進国で製造業の雇用は減少している。ドイツでは、全雇用に占める工場での雇用は1970年の40%から、現在では20%にまで低下している。日本では、工場での雇用数は1992年にピークを迎えた後、現在では500万人減少している。
仮に日本、メキシコなどとの貿易赤字がなければ、米国の自動車関連雇用はどうなっていただろうか。自動車関連の雇用は2000年以来30%減少したが、この"犯人"は貿易ではなく生産性の伸びだ。2000年から2015年にかけて、米国の自動車および自動車部品の生産高は輸入の影響で減少するどころか、44%増加している。商務省などのデータから推計すると、この期間、輸入による影響を除いても、生産量の増加は50%ほど、という結果が出た。
仕事が減少した主な理由は、2015年に米国がこの44%の増加分を、30%少ない労働者で生産することができるようになったからだ。同じく筆者の試算によれば、輸入による影響がなかったとしても、雇用は27%ほど減少する。自動車や部品を輸入しなければ自動車の価格はもっと高くなり、輸入量はさらに減少、市場も縮小していたと考えられる。
こうしたデータを見ても、ナヴァロ氏とロス氏はこう言う。「製造業が衰退した原因はオートメーションにある、とする見解があるが、世界で最も技術が進んでいるドイツと日本を見ても、ドイツは20%、日本は17%の(全雇用に占める)工場雇用を維持している」。2人があえて明言しないのは、ドイツの場合、20%といっても1970年の水準からは半減しているということ、日本の場合は1973年のピーク(27%)の3分の2の水準に下がっているということだ。
貿易戦争をすればもっと雇用環境は悪くなる
高関税をかけるなど貿易戦争を開始すると、トランプ大統領に投票した労働者層の暮らし向きはさらに悪化するだろう。緻密なサプライチェーンが数十年にわたって作り上げられてきたため、米国企業の多くは日本、メキシコ、中国からの輸入に依存している。米国の自動車メーカーがメキシコから輸入している2マイル分のワイヤハーネスが好例だ。貿易戦争がこのサプライチェーンを混乱させ、何万もの企業を倒産させ、何十万人もの人々が仕事を失うことになる。「願い事に気をつけろ」(" be careful what you wish for")ということわざどおりになるのだ。
トランプ大統領がこの現実を認識すれば、本当に貿易戦争を起こすのはやめ、自分は何かをしたという"ショー"を支持者に向けて始めるだろう。「オルタナティブファクト(もう一つの事実)」と呼ぶ世界に住んでいるトランプ大統領がどこまで行くのか、誰にもわからない。明らかなのは、スーパー301条のような米国の法律があるかぎり、無謀な大統領が一方的に行動し、権力を得て、多くの損害を引き起こす可能性があるということだ。
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