能力ではなく「興味開発」こそ子育ての肝だ

「好きなことで自立する」を確実にするために

現代社会は高度で複雑だ。もはや「読み書きそろばん」程度の能力だけでは戦えない。さらに子どもたちの未来には、ロボットやAIとの仕事の奪い合いが待っている可能性も高い。そう考えれば社会で自立するために、さまざまな能力を身に付けさせる必要がある。

基礎学力はもちろんのこと、コミュニケーション能力、プレゼンスキル、プログラミング能力、そして英語力。さまざまな能力を開発することを通して、将来に備えさせなければならない。だからこそ私たち保護者は、さまざまなスクールや塾に子どもを通わせたいと思う。つまり「将来の自立⇨能力開発⇨習い事」という式に沿って、保護者は子どもの教育を考える。

でも関心事はそれだけではない。私たち親は「好きなことを見つけてチャレンジしてほしい」という願いも持っている。ただしこの場合、「好きなこと」といっても、子どもがよく口にしそうな「ゲーマー」とか「youtuber」とか、そういうのもひっくるめて何でもいいわけではない。社会に貢献し、誇りを持てる「何か」を、好きなこととして見つけてほしいと願っている。医療であれ農業であれITであれ、どんな分野でもいいから自分が「これだ!」と思えるものを見つけてチャレンジしてほしい、とそう願っている。

親も何をやらせればいいか、わからない

しかし実際のところ、この願いはどうしたら実現するのか、親自身がよくわかっていない。というよりも、歴史的にみて親が子に対して「好きなことを見つけてほしい」と思うようになったのが最近なので、社会的な経験や知恵が蓄積されておらず、社会全体としてもどうしたらいいかわかっていない。

江戸時代、仕事や人生は生まれた家で決まっていた。身分制度の厳しい世の中で「好きなことを見つけて……」などと考える親はいない。明治時代には、身分制度はなくなり人生を選べるようになった(ように見える)。しかし実際には「好きなことを見つけて……」と思う親は少なかっただろう。その証拠にほとんどの日本人が「家業を継ぐ」という人生を歩んでいたからだ。

事実、家業を継ぐのではなく、企業に就職する割合が過半数を超えるのは戦後である。では戦後、昭和の時代には「好きなことを見つけて……」と考えていたのだろうか? これも答えはNOである。昭和の時代には、基本的な成功モデルが社会に用意されていた。「いい学校⇨いい会社」と言われるようなエスカレーターモデルだ。したがって、好きなことを見つけるよりは、エスカレーターから落ちないことに注意が払われたとしても不思議ではない。

ところが平成になると、そのモデルが崩れてしまった。もはやどの道が幸せにたどり着くための道かわからない。誰も正解を教えてくれない。親も子に「こう生きよ、そうすれば幸せになれる」と伝えることができない。だから結果的に「子どもの人生は子どもが決めるしかない」と親が腹をくくることになったのである。その状況の中から、私たち平成の親がひねり出したポジティブな願い、それこそが「好きなことを見つけてチャレンジしてほしい」というスローガンなのである。

問題はここからだ。歴史的な経緯はどうあれ、今を生きる親は「好きなことを見つけてほしい」というニーズを抱いている。ではどうすればそのニーズは満たされるのか? 具体的にどんな準備や活動をすれば、子どもは好きなことを見つけられるのだろうか? あるいは、具体的な準備をすることなく、いつか天から啓示がある日をぼんやりと待っていれば、それでいいのだろうか?

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