「仕事一筋」パパが妻を亡くして直面したこと

「育児は母」前提の社会が父子家庭を苦しめる

このママ友ネットワークは、男親には難しい娘の思春期の子育てにも大いに役立ちました。「娘の生理が始まったとき、どう対処すればよいかわからず、ママ友に相談しました。アドバイスどおりに近所の洋服屋さんに生理用の下着を買いに行き、そっと娘に渡しました。反抗期で口もきいてくれなくなった娘の対処法も知ることができました」(同)。

家事・育児に全力で臨みながら、会社でも出世の道をあきらめなかった昭夫さん。「子どもたちが最優先」という姿勢は維持しつつも、「会社でも、やるべきことはやって、実績だけは出し続けました。だからこそ、会社も昇進の機会を与えてくれたのだと思います」(同)。

シングルファザーになって7年。昭夫さんはこれまでの人生をどう振り返るのでしょうか。

「とにかく無我夢中でしたが、自分は逃げませんでした。父子家庭だからといって、会社で『大変なんだ』と弱みをみせるのも何か違う、と感じました。自分よりもっと大変な人はほかにもいるからです。ここまでやれる原動力は、子どもたちを一人前にしたい、という思いです。そして、仕事をしっかりやったからこそ、子どもたちを守れるし、子育てもできたのだと思います」(同)。

昭夫さん自身、実は2年前からがんを患っています。今は抗がん剤で治療をしながら、働き続けています。

妻の精神病で離婚も、引き取られた娘に虐待!?

■浩志さん(仮名・56歳・文筆業)

離婚をきっかけとしてシングルファザーになったのが浩志さんです。現在は社会人として独立している娘が、まだ小学生だったとき、ひとり親になりました。

浩志さんは、高校時代からの付き合いの女性と結婚をしましたが、その妻が精神的な病に悩まされるようになり、離婚。娘は自分が引き取りたいと申し出ましたが、家庭裁判所では一方的に「子どもはお母さんに」と言われてしまいました。

そうして母親と同居することになった娘ですが、数年が経過して小学校の高学年に差し掛かったころ、浩志さんの元へ家出してきました。実は、娘は母親から虐待を受けていたのです。キッチンマットの上に裸で寝かされたり、激しい罵声を浴びせられたり……。それを知った浩志さんは、娘への申し訳なさから「一生かけて大切に育てよう」と決意し、シングルファザーになりました。

浩志さんの職業は、文筆業。当時はフリーライターだったため、比較的時間の融通が利き、家事も好きだったという浩志さん。しかし、自営業である分、自分で仕事を取らなくては稼げません。そんな父親に対し、娘も気を遣っていたようです。

「今思えば、運動会や学芸会など、学校行事がいろいろあったはずなんですが、1回も行ったことがありません。娘は行事について何も言わなかったし、案内も見せなかったんです」(浩志さん)。娘が「仕事を頑張ってほしい」という意味で、あえて何も言わなかったのでは、と推測しています。

浩志さんには、娘との思い出深いエピソードがあります。「母の日に、父親である自分にカーネーションをプレゼントしてくれました。本当にうれしくて、一句詠みました。『娘から 父がもらった カーネーション』――。これが大手飲料メーカーの俳句賞に選ばれ、ペットボトルのラベルに載ったんです」(同)。

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