福岡「親不孝通り」の喫茶店が40年続く理由 カフェチェーンの激戦地で提供する「価値」
しかし、愛される秘密はそれだけではない。店内には8畳ほどの小さなギャラリーが併設されている。夫婦は開店時から芸術家志望の大学生らの個展を企画。絵画やデザイン、彫刻、空間アートのインスタレーション、写真などの作品展を月2回のペースで催し、これまでに出展者は延べ千人近く、来場者は40万人を優に超えるという。
「現代美術のギャラリーが福岡になかった時代。写真もまだ『アート』と認められず、みんな悶々としていた。彼らの斬新な感性が受け入れるまでは時間がかかった。段ボール箱に透明な樹脂シートを張って『水のないプール』と題した作品もあった。お客さん、不思議そうな顔して作品を眺めていたもんね」。満さんは、そう振り返る。
実は、この店は「2号店」なのだ。元祖の「喫茶店 貘」は72年、東区の九州産業大前にオープン。九産大芸術学部の学生や若手講師たちが詰め掛け、常連になった。店内で連日、彼らによる熱い芸術談議が繰り広げられるうち、2号店の開店を決意。律子さんが店主となり、彼らの発表の場を兼ねた店を開いたのだった。
その後、学生たちは九産大の教授や講師、高校の美術教師などの道へ進んだ。中には売れっ子作家として羽ばたいた卒業生もいる。人気写真家の荒木経惟氏に師事し、現在、女性写真家として活躍する野村佐紀子さんは学生時代、1号店でアルバイトをしながら、店での個展で腕を磨いた。ヒット作「給食番長」シリーズを手掛けた絵本作家よしながこうたくさんも“貘組”の一人だ。
「すごく昭和ですね」と言われて
系列店は一時、4店舗まで増えたが、時代の波に押されて次第に減り、1号店を閉じた8年ほど前、「屋根裏 貘」のみとなった。この間、店の外の街並みも変わった。
「街は若者であふれ返っていた。予備校生たちは、うちのコーヒーとカレーで授業をさぼったり、持ち込んだ弁当を広げたり、ここで先生に進路相談をしたり。ディスコやバンドの人たちは来なかったけど、熱気は伝わった。でも、今はね……」
律子さんは、一杯立てのコーヒーを入れながらつぶやいた。