伝説の経済学者「宇沢弘文」を知っていますか スティグリッツが師と仰ぐ日本の「哲人」とは

拡大
縮小

銀行家の貪欲さが社会的満足度を上げたと思う人はひとりもいないと思います。私も貪欲ということが正しいとは思いませんし、繰り返しますが、それが正しいというのは極めて制約された条件下でのみあてはまるのです。興味深いことに、アダム・スミス自身、「スミスはそう信じていた」といわれているようなことを信じてはいませんでした。つまり、スミスが自己の利益の追求というときには、それは啓発された自己利益を意味しており、彼はその限界も理解していたのです。しかし、残念ながらフリードマンはそうではありませんでした。かたくなな経済学の誤った考えのツケは回ってきました。シカゴ学派の人たちが社会やグローバリゼーション、さらに個人にまで影響する経済政策の立案において、重要な役割を担っていたからです。

私たちはどのような社会を作り、どのような人になりたいのか、よく考えなければなりません。私たちは本当に、経済学に出てくる自己中心的な「ホモ・エコノミクス(経済人)」になりたいのでしょうか。これはこれから経済学を勉強しようとしている人たちへの警告になるかもしれませんが、少なくともアメリカに限っていえば、経済学を学んだ学生は、学ばなかった学生よりもより自己中心的になるという研究結果があります。この結果が日本に当てはまるかどうかはわかりませんが、学ぶ内容が人格形成に影響するということを示しています。仕事の内容が人格に影響するという別の研究もあります。ですから、銀行業界で働く人はそうでない人よりも自己中心的になるのです。銀行に勤めている人をつかまえて、「あなたは銀行家ですよ」と言ってあげれば、その人はより一層自己中心的に振る舞うようになるということです。

学んだことや仕事の内容が人格形成に影響するということは、多くの実験から明らかです。そのことが強化されていくプロセスまであるのです。自己中心的な人が多いほど、また政策が彼らの行動を助長するのであれば、より多くの自己中心的な人々があふれ出すというプロセスです。これがアメリカにこれまで根づいてきた力学であり、また私たちが壊そうとしている力学でもあるのです。

宇沢先生が示した経済学者のロールモデル

最後に、グローバリゼーションと技術の発展が機会とリスクの両方をもたらすことを説明して、締めくくりたいと思います。今のGDPの成長とグローバリゼーションの進展は前例のない環境破壊を引き起こし、私たちはプラネタリーバウンダリーの範囲をはるかに超えて生きている状況にあります。貿易協定、特に新しく導入されようとしているTPPは環境保護のためにできることを制限し、状況を悪化させるでしょう。

一方で、グローバリゼーションと技術の発展は、私たちがプラネタリーバウンダリーの範囲内で生きていく新しい世界を約束するものでもあるのです。世界中でその新しい世界への強い願望が共有されれば、必ず実現できます。しかし新しい世界を実現するために必要な変化は、単独で起こることはありません。私たちがこれまで起こしてきたことと、選択肢があるということを理解して初めて実現するのです。

ここに研究者が重要な役割を演じる領域があります。なぜなら研究者はこれまで起きてきたことを具体的に理解することを助け、また政治的な制約や、何かを売り込もうとしたり、特定の利害に動かされる者たちから自由だからです。私たち研究者は、社会の幸福に本当の関心を持った、数少ない存在なのです。私たち研究者が共通の目的に向かって協力して取り組んだとき、初めてこの新しい世界は作られるのです。

宇沢弘文先生の一生は、このことがどのようにして成し遂げられるのかの証左でした。研究者の役割はどうあるべきか、それをどのように演じるのか。先生は私に、そしてこれから何世代も続く後進の研究者たちに、模範を示してくださったのです。

東洋経済新報社 出版局
関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT