「駆け付け警護」は自衛官の命を軽視しすぎだ 南スーダンで多くの隊員が死ぬかもしれない

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また、個々の隊員は、痛みを緩和するための麻酔や麻薬を携行できない。このため隊員が重篤な戦傷を負っても、痛みにもがき苦しみながら、絶命することが予想される。帯状疱疹でも痛みのあまりに死亡する人がいるが、人は痛みで死ぬこともあるのだ。麻酔を使えないために、助かる命が失われる可能性もある。他国の兵士であれば不要な苦痛や損害を自衛隊は甘受しなければならない。

これは、自衛隊が医師法に縛られているためだ。ここに手を付けなかったのは圧力団体である日本医師会の意向を忖度したものだろう。安倍政権は憲法改正を標榜しているが、憲法改正よりはるかに容易なはずの医師法改正もできない政権に憲法改正ができるのか、心配になってくる。

医師法以外にも、自衛隊に外国の軍隊に近い機能を持たせるためにはさまざまな法律の改正が必要だ。ところが、必要な法改正は小泉内閣以来まったく放置されている。

のみならず、法改正の必要がないレベルの問題も放置されている。例えば自衛隊の無線機がまともに通じない理由は、割り当てられている電波の周波数帯に問題があるからである。無線は軍隊の神経組織。これが機能しなければまともな戦闘はできない。しかし、問題は放置されたままだ。

戦傷医療体制の改革に乗り出したが・・・

多少の前進はある。防衛省は、有事の際の戦傷医療体制の改革に乗り出し、有事の際に最前線で負傷した自衛隊員の救命率を向上のため、医師免許がない隊員にも一部の医療行為を可能にすると発表した。具体的には、准看護師で救急救命士の資格を持つ隊員が、身体に侵襲を与える外科的処理をできるようになった。法改正は行わず解釈のみで可能とするものだ。

しかし、専門家からは戦傷医療の実態を無視した官僚作文に過ぎないと酷評されている。

しかもこの有事緊急救命処置の訓練開始は平成29年度、つまり来年度から。今度の南スーダンへの部隊派遣には間に合わない。それどころか、この改革は国内向けであり、PKOは対象とされていない。

つまり政府も防衛省も極めて低いレベルの戦傷医療体制で、多くの自衛隊員を危険な任務に送り出すことを問題ないと判断しているのだ。

確かにPKOの場合、国内部隊よりも手厚い衛生部隊が随行している。駆けつけ警護に備えて医官を3名から4名に増やしてもいる。だがNATO(北大西洋条約機構)やAU(アフリカ連合)などの軍隊では、この規模の部隊では医官が7名は必要とされている。指揮官が1名で、2交代で3名のチームとして運用される。この中には医師ではないが手足の外科手術をできるスタッフが置かれるのだが、日本の法律では医官でないと手術を行えない。

現地との連携も不安だ。重篤な負傷が発生した場合、PKO部隊はケニアで処置することになっている。しかし、ケニア部隊は南スーダンから撤退することになっている。国連が今年7月の戦闘に対応できなかった南スーダンPKOのケニア人司令官を解任したからだ。反発したケニア政府は、PKO部隊は機能不全と批判し、部隊を撤退させることにしたのである。

これまでケニアは、内陸国である南スーダンのPKO部隊に補給経路を提供してきたが、今後はこれも期待できなくなるだろう。ケニアまでの負傷者の搬送をケニア軍に頼ることもできなくなる。国連といさかいを起こして撤退したケニアが、責任をもってPKO部隊の負傷者受け入れを担当するとは考えにくい。

重篤な負傷をした隊員の家族への配慮も欠けている。他国ではそのような万が一の場合に備えて、受け入れ病院に家族が見舞えるよう事前に手配がなされている。死亡するにしても息のあるうちに家族との再会を果たせるようにするためだ。だが今回派遣される部隊の家族は、そのような説明を受けていないようだ。

自衛隊の抱える問題は、衛生面だけではない。

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