「駆け付け警護」は自衛官の命を軽視しすぎだ 南スーダンで多くの隊員が死ぬかもしれない

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自衛隊には現地の情報を収集するまともな情報機関もなく、現地部隊はUAV(無人偵察機)も持っていない。他国では当然のように装備されている個人無線機もない。記事が長くなるのでここでは触れないが、陸自部隊が保有している武器の火力も劣っている。

命を守るという点で注目すべきは、防御力の弱点だ。自衛隊のヘルメット(88式鉄帽)は砲弾の破片に近似した弾速の拳銃弾が命中した際、10センチほど凹む。対して同世代の米軍のヘルメットは、拳銃弾よりも弾速が速いトカレフ拳銃弾で撃たれても凹みは2.5センチ以内だ。

被服にも問題がある。自衛隊の迷彩戦闘服は難燃性のビニロンを使用しているが、世界で筆者の知る限り時代遅れのビニロンを戦闘服に使用している国はない。

車輛にも問題が・・・

使用している車輛も生存性が低い。今回の南スーダンに派遣されている車輌はほとんどが非装甲の車輌であり、駆けつけ警護の交戦において射撃されれば当然ながら弾は貫通してしまう。今回派遣されている軽装甲機動車の装甲は筆者の取材した限り5.56ミリNATO弾や7.62ミリカラシニコフ弾に耐えられる程度のものだ。

軽装甲機動車は装甲が薄い。この車輛上部には運用試験中と思われる監視装置が搭載されている(筆者撮影)

被弾に際しては装甲の内側が剥離し、金属片が高速で飛散する。これによって乗員が負傷するケースは、敵弾が貫通するよりもむしろ多いくらいだ。

これを防ぐのが複合素材によるスポールライナーである。軽装甲機動車を開発する際、このスポールライナーを採用する計画もあったがコストが高くなるため採用されなかった経緯がある。また軽装甲機動車は地雷には極めて脆弱だ。触雷してしまえば戦死は確実だろう。まさに安かろう、悪かろうの軽装甲機動車なのだが、価格は諸外国の同程度の装甲車の5倍もする(来年度概算要求分)。

ここまで見てきた通り、自衛隊の装備は、とても実戦を想定したものとはいえない。防衛省、自衛隊は戦車や機動戦闘車など見栄えの良い高価な兵器を買うことには熱心だが、軍隊として備えるべき地味な装備や訓練にはカネをかけてこなかった。

「平成28年度防衛省行政事業レビュー外部有識者会合」資料では、「個人携行救急品を全隊員分確保した場合、約13億円が必要となるが、限られた予算においては現実的な金額ではない。よって、即応隊員分等の最低限必要となる分を確保し、有事等の際において追加で必要となる隊員分の取得方法について検討を実施している」としている。

隊員の身を守るのに最低必要な装備ですら、カネがもったいないから調達しないと言っているのである。10式戦車の単価は12.6億円だ。戦車を1輛減らせば13億円など簡単にひねり出せる。そもそも、わざわざ新たに10式戦車を開発、調達する必要はなく、90式戦車の改良と延命で十分だった。連隊規模で戦車が揚陸して戦車戦が発生する状況は防衛大綱でもほとんどありえないと述べており、優先順位が高いはずがない。

これでよしとしているのは、やはり自衛隊が実戦を想定していないからだろう。そして隊員の命は使い捨てと思っているからだろう。しかし、今一度しっかり現実を見つめ直さなければならない。惨事が起きてからでは遅いのである。

清谷 信一 軍事ジャーナリスト

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きよたに しんいち / Shinichi Kiyotani

1962年生まれ、東海大学工学部卒。ジャーナリスト、作家。2003年から2008年まで英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』日本特派員を務める。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関Kanwa Information Center上級アドバイザー、日本ペンクラブ会員。東京防衛航空宇宙時評(Tokyo Defence & Aerospace Review)発行人。『防衛破綻ー「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『専守防衛-日本を支配する幻想』(以上、単著)、『軍事を知らずして平和を語るな』(石破茂氏との共著)など、著書多数。

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