自治体合併で歪められる日本の地名 地名は歴史文化遺産 許されぬ破壊と蹂躙

第三に、その土地の歴史とまったく無関係に新しく採用した地名。

たとえば、熊本県あさぎり町は秋から春にかけて球磨盆地にしばしば発生する朝霧にちなんでつけられたもので、歴史性はまったくない。

栃木県氏家町と喜連川町が合併したさくら市は、市内に桜の名所が多く、桜の花のように美しい市になってほしいという意図で命名された。

群馬県笠懸町、大間々町、東村が合併したみどり市。「緑豊かな自然あふれる」という通俗なイメージで採用された。団地名によくある緑が丘、希望が丘などと同じノリだ。

なぜヨーロッパの山脈の名

山梨県南アルプス市は、歴史性の欠如に加え、アルプスという外来語を使っていることが問題だ。なぜヨーロッパの山脈の名を本来何の関係もない日本の自治体名に採用しなければならないのか。“南アルプス”(正しくは赤石山脈)周辺にはほかの自治体もあるのだ。観光客誘致を狙ってのことだろうが、市名を商売の道具にすべきではない。

これらのほとんどは、住民の応募案や人気投票の結果を重視して決定されている。こんな名称を提案し、支持した住民も住民だが、非歴史的な案を採用した自治体責任者には、郷土の歴史や地名に対する愛着がないのだろうか。案の定、さくら市とみどり市には、仮名書きということで、まるで幼稚園の組の名のようだという批判が出ている。

平成の大合併よりはるか前の命名だが、有名な問題地名として、愛知県豊田市と奈良県天理市がある。

豊田市は言うまでもなくトヨタ自動車にちなむ。59年に旧挙母(ころも)市が改名した。「挙母」は、古事記にも「許呂母(ころも)」として出てくる歴史的な地名だ。改名は商工会議所の請願書が発端だが、一私企業名を郷土の地名に選んだ感覚には驚かされる。

天理市は54年に奈良県山辺郡丹波市町、二階堂村、朝和村、福住村、添上郡櫟本町、磯城郡柳本町の合併で誕生した。当地に本部を置く天理教に基づいた命名だが、天理教自身には責任がない。当の天理教は「山辺(やまのべ)市」を推薦していたからだ。山辺は、山辺の道や大津皇子妃の山辺皇女で知られる、古墳時代にさかのぼる極めて由緒ある地名である。

このように日本の地名は、今、ズタズタに改変されつつある。すでに命名が終わったところはどうしようもないが、できることはある。たとえば、住居表示の字(あざ)名に歴史的地名を積極的に復活させることである。古い字名には大きな意義がある。

たとえば、奈良県高市郡明日香の地に天武朝(7世紀)に建てられた官寺、大官大寺の遺跡は、残っていた意味不明の小字名「こんど」が大官大寺の金堂を意味するのではないか、と考えた考古学者のひらめきが当たって位置の特定に至った。

平成の大合併は、99年から06年ごろが最も盛んだったが、まだ終わってはいない。「市町村の合併の特例等に関する法律」の期限である10年3月末までは、合併の動きは継続すると予想される。

新自治体名を決めるのに、もうこれ以上文化の破壊をしてはならないし、そのためには、関係者はもっと郷土の歴史を学ぶ必要がある。
(福永 宏 =週刊東洋経済)

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