「移民が仕事を奪う」という根拠なき感情論 膨大な研究成果が示す本当の影響

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それでは日本における移民問題はどうであろうか。移民の多くは途上国から先進国への移動であるが、アメリカやヨーロッパ諸国が移住先として選択されることが多い。それに比べると日本への移民は格段に少ない。

またシリアなどからの難民受入について各国でどれだけの負担をすべきかについてEUや国際機関で議論されているが、地理的に遠いこともあり、日本を移住先として選択する人は少ないと報道されている。

急速に少子高齢化が進んでいる日本においても、公共政策として移民政策を真剣に考えるべきとの指摘は、海外の研究者からなされている。しかし近年、近隣国や東南アジアからの訪日客は急増しているにもかかわらず、移民を受け入れようという機運はそれほど盛り上がっていない。むしろ政治的課題としては、タブー視されている感がある。

日本においても移民に関しては、感情的な議論や事実に基づかない短絡的な議論が少なくない。たとえば、もし移民を自由化すれば、すぐさま中国から1億人の移民が押し寄せるとか、移民が増加すると犯罪率が上昇し社会不安が高じると懸念する人もいる。

しかしどれほどの移民がどの国から来ると予測されるのか、犯罪率がどのように変化するか、さらには労働市場や経済全体にどのような影響を及ぼすか、などについて客観的データや経済的理論に基づく研究はあまりなされていない。そうした議論は、他人が入ってくることを本質的に排除するという「外国人嫌い」の気質によるのかもしれない。

将来の日本社会全体をどのように描くか

しかし現実には、外国人労働はさまざまな形で増加している。外国人技能実習制度を通じて、農業や建設業では外国人労働への依存がかなり高まっている。また語学留学生として入国している外国人もアルバイトとして多くの職場で働いている。政府は外国人の高度人材の受け入れを積極的に行おうとしているが、単純労働においても少子高齢化の日本経済は外国人労働に依存しなければならないのが現実である。

実際、アベノミクスの経済政策で第三の矢として提示された成長戦略では、その一つとして労働市場改革がかかげられている。労働力の増加のためには女性労働力の活用や外国人材の活用がうたわれている。少子高齢化社会では、生産に携わることのできる労働者数が減少するとともに、老人の増加が経済全体の貯蓄率を低下させる。それは投資資金を減少させ、資本蓄積のペースを遅らせるため、労働力減少とともに日本経済の成長を抑制することになる。

今後、さらなる少子高齢化とグローバリゼーションの進展によって、移民政策の議論は避けて通れなくなるだろう。ただし、労働力は他の財・サービスの輸出入とは異なり、国境を越えた人の移動であるため、それとともに経済制度や社会制度の移動を伴うことになる。

その結果、受け入れ国に社会的、文化的な変化と影響をもたらす可能性がある。したがって、そうした議論では、経済だけでなく将来の日本社会全体をどのように描くかが重要な視点となるだろう。閉鎖的に日本のことだけを考えるのか、グローバル社会の一員としての日本を目指すのか。そうした問題を考えるうえでも本書は大きな示唆を与えてくれるであろう。

藪下 史郎 早稲田大学政治経済学術院名誉教授

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やぶした しろう / Shiro Yabushita

1966年東京大学経済学部卒業、1972年イェール大学Ph.D.取得後、東京都立大学(現・首都大学東京)、横浜国立大学を経て、1991年より早稲田大学政治経済学部教授、2014年3月退職。主な著訳書に『金融論』(ミネルヴァ書房)、『スティグリッツ入門経済学』『教養としてのマクロ経済学』(ともに東洋経済新報社)など。

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