28歳で将棋名人になった男「佐藤天彦」の正体

棋界地図を変えた彼をファンは「貴族」と呼ぶ

この姿勢はファッションに対しても同じで、タイトル戦の対局で着る和服を作るときにも、生地や色合いなどを慎重に吟味した。通常の何倍も時間がかかったが、その過程もまた楽しい。いつか「自分がこうしたい」という明確な構想が見えてきたら、洋服を作ってみるのも面白いかもしれない。

家具や服は、見た目の美しさと機能性のどちらを重視するかが悩ましい。どちらかに偏りすぎず、しっくりくるバランスを求めたい。これは将棋に対するアプローチも同じで、過去に幾多のプロ棋士が作ってきた姿のよい陣形、効率的といわれる指し方、パッと見たときの自分の好みなどを基本線とするが、ときには別の判断も必要になる。実戦では駒の配置の違いひとつで先の展開や結論が変わってくるため、形にこだわりすぎては勝利への最善手をつかむことはできない。その場その場でしっかりと読みを入れて、前例のない険しい道にも果敢に踏み込んでゆく勇気が必要だ。

性格は楽観的なほうで、喜びや怒りなどが極端に湧き起こることは少ない。時々の状況を楽しみながら、焦らず着実に目標に向かっていく。重要な対局を前にしても特別なことはせず、普段どおりの力を発揮することを重視する。あれもこれもと求めすぎると、うまくいかなかったときの反動が大きくなってしまう。何が起きても対応できるような心構えを持ち、日々の積み重ねの延長線上にあるものとして結果を受け入れていく──。

「一期初心」の揮毫

いかがだろうか。普段の生活はマイペースそのもの。人柄も素直で嫌味なところがない。興味のあるものには強いこだわりを持って積極的に接するが、そうでないものには無頓着。物事を楽しむ姿勢を忘れず、将棋や勝負に対しても自然体を崩さない。

佐藤が名人就位記念に作った扇子は「一期初心」と揮毫されている。初心忘るべからず。屈折なく自分の信じた道を真っ直ぐにのぼってきた彼ならば、頂からでも麓の景色がよく見えることだろう。

佐藤天彦 将棋棋士
1988年生まれ。福岡市出身。中田功七段門下。2006年に18歳でプロ入り。今年5月の第74期将棋名人戦七番勝負の第5局を制し、新名人となった(肩書きは8月末のもの)。来る10月からは、毎週日曜日にEテレ「将棋フォーカス」の講師を務める。お酒は嗜む程度。なによりも甘いものが好物という。

 

(写真:Maciej Kucia @ AVGVST
ヘアー・メークアップ:AKANE
文:Genki Goto)

 

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