35歳エース記者が書けなくなった深刻な事情 「うつ急増」引き起こした現代人の悪弊とは?

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こんなケースがありました。ある日、ある男性が焦燥しきった様子で、診察室に倒れ込むように入ってきました。坂東和彦(仮名)さん。35歳の新聞記者です。

がっちりとした体格で精悍な雰囲気の方ですが、その日はなんだか顔色が優れないようでした。「おはようございます。今日は、どうなさいましたか?」と尋ねると、大きくため息をついて、頭をかきむしりながら、「だめだ…頭が……、頭が回らない。うつだと思う…きつい」とうめくように言いました。

ヒトは1日17時間以上、覚醒し続けられない

尋ねてみれば、予想どおり、睡眠時間の不足、日常的なアルコール摂取など、新聞記者に典型的なうつ病の条件をすべて備えていたのです。坂東さんは、新聞社に就職してから地方を転々とし、30歳過ぎに東京本社へ異動。以降は、社会部記者としてかなり大きな仕事をしてきました。2カ月前から、仕事の関係で飲む機会が増え、追いかけていたある事件が終了した後、過呼吸発作が頻発するように。記事もうまく書けなくなって、私のもとを訪ねてきたというわけです。私は、睡眠不足とアルコールの問題を指摘しました。すると、坂東さんはいきなり怒り始めたのです。

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坂東さんの言い分はこうです。

「自分はうつだからここへ来た。酒についての指導など希望していない。うつになったのは、酒とは関係ない。酒を飲む人間にだって治療を受ける権利はあるだろう。お説教はいいから薬を出してほしい」

もちろん、酒を飲む人にも治療を受ける権利はあります。しかし、薬物療法を受けることをご希望なさるなら、お酒はお控えいただかなければなりません。

坂東さんのように、「夜討ち朝駆け」が当然の日常を送っており、お酒もやめられない場合、どう治療すればいいのでしょうか。私が申し上げたのはただ一言、「週50時間睡眠を目指してほしい」ということでした。勤務日に夜の睡眠が減るのは仕方ありませんが、それでも何とか5~6時間は確保し、それより不足した分は、昼寝で補っていただくしかありません。それを心掛けないと、今度こそ本当に身体は壊れてしまいます。

ヒトの脳は、1日17時間を超えて覚醒を維持することはできません。しかも、その17時間のうちで記事を書くといった「高度な知的作業」を行える時間は、わずか数時間しかありません。睡眠不足とは、一時的に頭が悪くなることです。本当によい記事を書きたいのならば、睡眠によって脳に十分な充電を行い、コンディションを整えてほしいと思います。 

井原 裕 獨協医科大学越谷病院こころの診療科教授

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いはら ひろし / Hiroshi Ihara

1962年鎌倉生まれ。獨協医科大学越谷病院こころの診療科教授。東北大学(医学部)卒。自治医科大学大学院、ケンブリッジ大学大学院修了。順天堂大学准教授を経て、2008年から現職。日本の大学病院で唯一の「薬に頼らない精神科」を主宰。専門は、うつ病、発達障害、プラダー・ウィリー症候群等。精神科臨床一般のみならず、産業精神保健、刑事精神鑑定等にも対応。著書に『生活習慣病としてのうつ病』(弘文堂)『うつの8割に薬は無意味』(朝日新書)など

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