公務員に転じるゼネコン社員の偽らざる本音 人手不足の建設業界、定着は大きな課題だ

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ある大手ゼネコンの幹部はこう嘆く。「特に土木職の女性の離職が切実。事務所は山奥など辺鄙な場所ばかりで、子どもの学校や保育所を考えたときに、勤務地もほぼ変わらず1カ所で続けられる自治体を選んで辞めてしまうケースが多い」。

離職のきっかけは人間関係の難しさにもある。設計部門以外の技術系社員は入社してすぐ、全国各地の現場に送り出されることが大半。国内建設投資が倍近くあった20~30年前までは、複数の新入社員が同じ現場に配属されることも多かったが、今では50代の先輩社員と所長だけの事務所に新人1人というパターンもしばしばだ。周囲に悩みを打ち明けられないうちに辞めてしまう事態も続出している。

業界全体の大きな課題

こうした中、技術系社員の育成と定着は業界全体で大きな課題になっている。実際に手を打っている準大手ゼネコンの一つが、安藤ハザマだ。今年6月、茨城県つくば市にある技術研究所内に研修用宿泊施設が完成。新入社員はここに5カ月間泊まり込みで、構造物を作る一連の作業を体験したり、土木・建築の基礎知識を座学で習得したりする。

今年6月に完成した安藤ハザマの研修寮。個室が120室用意され、新入社員はここに寝泊まりしながら5カ月間の研修に励む

以前は入社後すぐに全国の現場に配属され、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)での育成が中心だったが、「OJTを担当する社員と世代が大きく離れていると、コミュニケーションを取るのもなかなか難しい。基礎をしっかりと教えたうえで配属した方が仕事に取り組みやすいと考えた」(高橋正樹人事部長)。

現場に配属されれば、年上の職人に対しても危険な作業には注意しなければならない。研修では鉄筋や型枠組みも実践するため、どのような作業に危険が伴うのかといった現場感覚も磨かれる。

同期のネットワーク構築も大きな目的の一つ。安藤ハザマもほかのゼネコンと同様、若手社員の離職に悩んできた経緯がある。高橋人事部長は「全国の現場に散らばり、年の近い人が周りにいない場合、誰に相談して良いのか戸惑うことがある。横のつながりを強くして、いつでも相談し合える関係を築いてもらいたい」と話す。

一方、中堅ゼネコンの鉄建が約10年前に始めたのがトレーナー制度。新入社員一人一人に、出来るだけ年の近い先輩社員が一年間トレーナーとして付いて指導・相談に当たる。トレーナーを務める社員には手当を支給し、毎月の様子をレポートで報告してもらう。現場によって新人社員のモチベーションや能力にばらつきが出ていないか、状況の変化を会社全体でフォローしている。

さらに今年から首都圏の建築工事の現場では、新卒2人ずつを配置することにした。現場で若手が1人となってしまうケースを防ぐためだ。残業についても、一定時間を超える社員がいる現場をチェックして本社が指導するなど、勤務環境の改善を進めている。「社員の離職で一番大きいのは待遇や勤務条件の問題。要望すべてに応えることは難しいが、希望する進路や現在の家族の状況をヒアリングして、可能な範囲で対応することも重要だ」(同社)。

工事の発注やインフラの維持管理が中心の自治体に対して、ゼネコンは実際にダムや高層ビルなどの「ものづくり」を行う立場。同じ技術職、どちらも必要不可欠な仕事とはいえ、その役割と業務の内容は大きく異なる。自治体への人材流出がさらに続けば、施工を担うゼネコンの技術力の低下も避けられない。長年の建設不況を抜けて好決算に沸く今こそ、社員がモチベーションを持って働き続けられる環境の整備が各社に求められている。

真城 愛弓 東洋経済 記者

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まき あゆみ / Ayumi Maki

東京都出身。通信社を経て2016年東洋経済新報社入社。建設、不動産、アパレル・専門店などの業界取材を経験。2021年4月よりニュース記事などの編集を担当。

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