超人気棋士が抱く「将棋ソフト」への拒否感 人工知能は将棋指しの「敵」なのか?

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ただし、終盤でミスがあったことはわかっても、その代案までは私にはわからない。そこでコンピュータの将棋ソフトを使って解析させ、示された候補手を元にして記事を書いた。ソフトはアクロバティックな手を正解に挙げており、新しい視点を読者に示せたのではないかと満足していたのだが――。

2013年から始まった「電王戦」で棋士がコンピュータに何度も敗れたことで、将棋ソフトは世間一般に広く知られた存在となった。ソフトを研究に活用している棋士は多いが、記者にとってもなかなか便利な道具だ。一局の棋譜を入力すると、どれが疑問手なのかを示し、その候補手まで教えてくれる。評価値のグラフが出るので、一局の形勢の動きが明確にわかるのだ。

何より代案の手が面白い。人間では気づかないような意外な手を示すのだ。それを棋士にぶつけてみると、「なるほど」「そんな手があるんですか」と驚かれることが多かった。もちろんすべてが正しいわけではないが、かなり精度が高いことは疑いようがなかった。

指し手をソフトに評価されることへの嫌悪感

てっきり私はソフトの代案が間違っていてその棋士が怒っているのかと思ったのだが、よく話を聞いてみるとそうではなかった。自分に直接尋ねもせず、ソフトの候補手を元にして記事を書いたことに憤慨していたのだった。「ソフトの見解が絶対に正しいわけではないでしょう」と彼は力を込めて語った。

短い記事とはいえ、本人に疑問をぶつけなかったのは私の手落ちだ。その電話でお詫びをし、帰国してから面会をしてもらった。「ソフトの手が絶対の正解ではない以上、断定調で書かないでほしい」とその棋士は静かな口調で語った。私の行為に不快感を抱いていたのは間違いないが、それ以上に自分の指し手をソフトに評価されることへの嫌悪感がにじみ出ていた。

彼がソフトを研究に使っていないことは、以前に聞いていたので知っていた。お詫びを終えて雑談に入ってから、なぜ使わないのかあらためて尋ねると、鋭い口調で語った。

「ソフトを使うと、自分で考えた新手や新構想を見せても、『ソフトに教えてもらったんじゃないか』と思われてしまう。それは自分のプライドが許さない」

その棋士は棋界有数の創造派で、斬新な新構想をいくつも披露してきた。新しい戦法の入り込む余地はないと思われていた現代将棋に、新たな息吹をいくつも与えたのだ。それだけに、ソフトの手を借りることに強烈な拒否感を抱いていた。

ソフトに関して感情をあらわにしたのは彼だけではなかった。ある棋士は話すこと自体を嫌がった。また別の棋士はどれだけ自分が研究で活用しているのかをとうとうと語った。とにかくソフトは棋士の心をさまざまな意味で揺さぶる存在なのだ。

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