ニース事件は過激派と無縁の大量殺人だった 現地ルポ、革命記念日に起きた惨事の真相
「みんなで花火を見て、とても幸せだったのに、それが突然、悲劇に変わった。まるで戦争のようだった」
7月14日夜に南仏ニースで起きたテロで、当日現場に居合わせた2人の娘の母親イメン・ズリラックさんは涙をこぼしながらそう話した。
ズリラックさんはその夜、7歳と9歳の娘たち、それに妹、妹の娘と革命記念を祝う花火を見に来ていた。花火が終わり、歩き出した直後、大勢の人々が「たくさんの人が死んだ」と泣き叫びながら走ってきた。警察も、「テロがあった」、「家に帰れ」と叫んでいた。ズリラックさんは娘たちをつかんで必死に走り、近くのレストランに逃げ込み、娘と妹たちと身を潜めた。そしてトラックが止まったのを見た。
「逃げながら、母親に電話をして『これで終わり』と言った。死ぬかと思った。私たちは逃げて助かった」と言う。「たくさんの子どもたちが犠牲になった。あまりにも悲しい」
19トントラックが猛スピードで突っ込んできた
7月14日の夜、南仏ニースの海岸沿いにある遊歩道「プロムナード・デ・ザングレ」で起きたテロ。フランス革命記念日を祝う花火を見に集っていた群衆に大型トラックが突っ込み、子どもを含む84人が犠牲となり、200人以上が負傷した。
テロの容疑者とされるモハメド・ラフエジブフレル容疑者は白の19トントラックで約2キロにわたって猛スピードで走行し、群衆に突っ込んだ。同容疑者はその後警官に射殺された。この事件を受けて、フランスのオランド大統領は2015年11月13日のパリ同時多発テロ事件から発令していた非常事態宣言をさらに3カ月延長した。
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