民主主義を壊す「コスパ第一主義」という病 日本は「奴隷天国」化している

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白井:彼自身はそうなんです。しかしそれは、今の日本の一般的価値観とはぶつからざるをえない。彼が本の中で書いていたエピソードが大変印象的です。博士課程の院生時代に、結婚まで考えた交際相手の女性がいたそうなんです。高校の教員をしていた人で、向こうもその気はあったらしいのだけれども、やはり「この人はいったい、いつになったらちゃんと働くのだろうか」という、不安と不満を持っていた。

2人は家が近くて、あるとき一緒に近所のショッピングモールに行った。でも栗原君はおカネがないので、何も買わない。彼女が、「あなた、何か買わないの?」と聞くと、栗原君は「カネがないから」と言う。「どうしておカネがないの?」「働いてないから」「どうして働かないの?」「働きたくないから」という、このやり取りの煮詰まった感がすごいんですが、そこで彼女が問い詰めるわけです。

「なぜあなたは働きたいと思わないの? 働かなければ、ここで買い物だってできないでしょう」と。そうしたら栗原くんは、「なんでそんなにここで買い物をしなければいけないの?」と聞き返した。すると彼女が、そこでぶち切れたというんです。「なんのために私みたいなサラリーマンが毎日、嫌な仕事をしているのか、わかっているの? それはこうやってショッピングセンターに来て、買い物をして、それで憂さを晴らすためなのよ!」と叫んだ、と。

結局、栗原君と彼女はそれで破局するわけですけれども、これはけっこうすごい話だと僕は思っています。こんなにニヒルな発言はないわけですよ。彼女は自分がやっている仕事に本質的には何も意義を見いだしていないし、生きがいを実感することもできていない。

でも、なんとかそれを耐えられるものにしているのは、ここでこうやっておカネを使うということができるからだ。「おカネを使うことによって憂さを晴らす、それだけが生きている実感を持てる瞬間だ」と言っているわけです。

彼女にしても普段であれば、そんな寒々しい考えを口に出したりはしないでしょう。ところが栗原君という価値観の違う他者に苛立ったことで、無意識に本当の思いを、恐ろしい真実を口に出してしまった。おそらく今の日本の勤労者のうちでかなり多くの割合の人が、この女性と同じ実感を持って生きているんです。それが事実だろうと思うんですよ。

「なんという不幸な国なのか」と戦慄しました。他方で、栗原君が言っているのは、カネがあろうがなかろうが、欲望を捨てなきゃいけない謂れはない、ということです。

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