「イスラム国の処刑人」は、普通の学生だった

元クローズアップ現代の国谷裕子氏が読む

バーカイクが描きだしたように、ムスリムの若者たちを封じ込め、孤立させ、無力化しようとする「テロ防止戦略」は、その若者たちの一部をより先鋭化させ、新たなジハーディスト、テロリストへの道を歩ませることにもなる。

しかし、テロの脅威に直面する国々は連携を取りつつその戦略を強化せざるをえない。そのやむを得ざる選択、見えない敵を追いつめるその戦略が、さらに見えにくい敵を新たに生んでいくのではと、暗澹(あんたん)たる思いになるのは私だけではないだろう。

Who is the Enemy?

『ジハーディ・ジョンの生涯』(文藝春秋 2016/7/15 発売)ロバート・バーカイク (著)、国谷 裕子 (解説)、野中 香方子 (翻訳) 書影をクリックするとAmazonの販売ページにジャンプします

2001年9月11日、アメリカを襲った同時多発テロ。事件が発生して2日後に放送した「クローズアップ現代」のタイトルは「見えない敵」だった。ブッシュ大統領は「アメリカは戦争状態にある」と宣言したものの誰が敵なのか明確に出来ないまま、対テロ戦争という名の報復戦争に突入していった。

"Who is the Enemy?" 事件直後、取材に行ったニューヨークで、「なぜ私たちはこれほど強い憎悪の対象になったのか」、「世界中の人々を受け入れてきたこの都市がなぜ」、と戸惑い、答えを探し求めていたアメリカ人の姿が忘れられない。しかし、その「なぜ?」は、憎悪と復讐に彩られた愛国心の前にかき消されていった。もし、「なぜ?」という問いが深められていたとしたら、その後の世界は、現在も続く終わりの見えない「テロとの戦い」を避け得ただろうか。しかし、それはあまりにも甘い幻想にすぎないのだろう。

貧困や戦禍から逃れようとヨーロッパに向かった多くの移民や難民。エムワジもかつてそんな一人だった。そして、再び海を渡り、冷酷で非情な戦闘員となっていく若者たち。「モハメド・エムワジは殺されても、ジハーディ・ジョンの替えはいくらでもいる」。このバーカイクの最後の言葉は重い。

「テロとの戦い」が宣言されて15年。バーカイクは、モハメド・エムワジの軌跡を執拗に追ったこの著作で、テロ事件報道では浮かびあがってこない、テロリストとはいったい何者なのか、なぜあのような非情な人間が生まれてくるのかを描き、テロがなぜ続くのかに迫ろうとしている。そしていま後藤健二さんの仕事を思い返すとき、その数多くのリポートは、戦争報道の影で取材が及びにくい戦禍にさらされている人々を描き、その声を伝えることで、「なぜ?」を私たちに繰り返し突きつけていた。

ロバート・バーカイクの『ジハーディ・ジョンの生涯』を読み終えて、後藤さんが死を前にして感じたであろう無念の想いがあらためて私に突き刺さる。

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