「イスラム国の処刑人」は、普通の学生だった

元クローズアップ現代の国谷裕子氏が読む

後藤さんの協力を得て放送した3本の「クローズアップ現代」はいずれもイラク戦争に関連したものだったが、そこには戦争が近づく中で緊迫する市民生活、イラク北部に逃れ難民となったクルド人家族の不安、そして戦争終結後、アメリカの占領統治のもと高まっていった反米感情と治安悪化の実態が後藤さんのカメラで生々しくとらえられていた。「私はイラン・イラク戦争で息子をすでに2人失った。子供をこれ以上失いたくないから逃げてきたのだ」と話す悲しげな母親のインタビューが印象に残っている。

イラク戦争の報道は、アメリカのネットワークテレビなど大手メディアが侵攻するアメリカ軍に同行してイラクに入り、バグダッド進軍の”生中継”が行われた一方で、砲弾の脅威にさらされたイラクの人々が置かれていた状況については報道も少なく、そのありさまは想像しにくくなっていた。そうした中で後藤さんは、現地の人々に寄り添った取材を続けていたのだ。

この本を手にしたとき、後藤健二さんと湯川遥菜さんの間に黒装束姿でナイフを手にして立っていたジハーディ・ジョン、2人を殺害したあの常軌を逸した残忍なテロリストのことを知りたいとは思えず、読むことにためらいがあったのは事実だ。しかしその逡巡する気持ちの中で、後藤さんはきっと、知ってほしい、読んで欲しいと願っているのではと思いはじめ、その心の声に従った。

もしもあの時、彼の訴えを伝えていれば…

ロバート・バーカイクはインディペンデント紙の記者として、イギリスに暮らす数多くのイスラム教徒の若者たちを取材していた。イスラム教徒とイギリスの諜報機関MI5との間に緊張が高まっていることを伝えていたが、その時に取材した若者の一人がのちにジハーディ・ジョンとなった人物だと気がつかされたのは、BBCがジハーディ・ジョンはモハメド・エムワジというクウェートからの移民だと報道した後だった。取材しても番組や記事から最終的に落ちていく素材は多々あるものだ。諜報機関に人生を台無しにされ、これからの人生も邪魔されようとしているとのエムワジの訴えは、結局、紙面化されることはなかった。

「もしもあの時、彼の訴えを伝えていればその後の彼の生き方を変えられただろうか」。自分が取材した、治安当局との問題を過剰なまでに心配する、おどおどとした若者が、世界中で恐れられる冷酷な処刑人になっていたことを知ったとき、その声を伝えなかったジャーナリストは重苦しい自問自答を続けたに違いない。そしてその中から、この著作に結実することになるエムワジの軌跡、なぜ、どのようにして「ジハーディ・ジョン」になったのかの取材が始まる。

どこでテロが起きるかわからないという恐怖が作り出す社会の空気や、過激主義を徹底的に防止しようという治安当局の戦略が、テロの相次ぐ都市に暮らすイスラム教徒の若者たちにどのような影響をもたらしているのか、私たちにはほとんど伝わっていない。

2005年のロンドンでのテロ以降、英国の諜報機関や警察は、先鋭化したイスラム教徒がひそかにテロ攻撃を企てていないかと、「危険な人物」をリストアップし、イスラム教徒の詳細な個人情報を収集し、コミュニティの結びつきを記録することを始めた。ひとたび監視対象になれば出国しても監視の目が光る。エムワジも交友グループにテロリストの活動拠点であるソマリアに出入りしている者がいたため当局の監視対象に入る。

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