「イスラム国の処刑人」は、普通の学生だった

元クローズアップ現代の国谷裕子氏が読む

当局は、スパイになることをエムワジに要請、それを断ったエムワジには、さらに厳しい監視体制がしかれる。諜報機関の嫌がらせを受け、就職も結婚も海外への渡航も妨害される。バーカイクは、こうした監視体制によって社会から排除され孤立感を深めていく若者たちが、次第に過激化、先鋭化していく様を描いていく。

こうした経緯を読みながら、私は、「インティファーダ」のことを思い出していた。1987年12月、装備が整ったイスラエル軍にパレスチナの若者たちが石を投げ始めたインティファーダだ。

圧倒的な力を持つイスラエルに立ち向かった

イスラエルの占領下に置かれたパレスチナの若者たちによるこの抵抗運動の勃発は、報道番組のキャスターとして歩みだしたばかりの私にとって、複雑な中東問題と向き合う初めての体験だった。圧倒的な力を持つイスラエルに石を投げるパレスチナの若者たちの姿は世界各国でシンパシーをもって報道されていたと記憶している。

パレスチナ人が強いられてきた先の見えない難民キャンプでの窮屈な生活、日雇い労働者として働く以外に雇用の場がなく停滞していた経済。イスラエルが人々の生活のあらゆる面にその権力を及ぼしてきたことで我慢の臨界点を越え立ち上がった若者たちは、イスラエル軍に石を投げることで抵抗を示したのだ。それは奪われた土地を取り返し悲願の国家を樹立することで、パレスチナ人というアイデンティティを手にしたいという世界への訴えだった。

バーカイクは、取材した多くのムスリムの若者たちが、イギリス人としてのアイデンティティとイスラム教への忠誠との折り合いをつけようとしていたと書いている。「テロとの戦い」が始まり、相次ぐテロ事件が発生するなか、2つのアイデンティティは鋭く対立するようになり、移民二世などの若者たちは、その狭間で苦悩するようになっていた。

しかし、1987年に石を投げた若者たちと、2000年代のエムワジたちとは、まったく異なる道を歩むことになる。インティファーダは、その後、国際社会の共感も得て、パレスチナ国家樹立への大きな歩みを生み出すことになった。一方のエムワジたちは、残酷な無差別殺人を行うテロリスト集団「イスラム国」の一員として、冷酷な処刑人の役割を担うことになる。そして多くの「イスラム国」に参加した欧米からの若者たちと同様に、エムワジもまた、米本土から操作されるドローンからのミサイル攻撃で、2015年11月12日に無残な最期を迎えるのだ。

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