錦織圭「ナイス、卑怯!」で育てられた戦略脳 つねに裏をかく「if then思考」の凄み

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錦織が全国小学生選手権で優勝した翌年、中学1年生のとき、プロのテニスコーチが松江まで彼のプレーを見に来た。そして、柏井コーチと錦織選手の練習を見てこう言ったそうだ。

「だから、あんなヤツが出たんだ」。

練習の中身については省くが、柏井コーチは「狭いコートでいかに効率良く、選手を飽きさせず楽しくトレーニングできるかを考えてきただけ」と自慢しない。ただ、ひとつ違うところは、「勝つために何をするの?」と問いかけてきたところだろう。相手を出し抜く、裏をかく、ゆさぶる。

「圭だけでなく、選手には戦略的な感覚を磨いてほしいと思っていた。なぜなら、そのほうがテニスが楽しいから」

これは、どの少年スポーツの指導者にとっても究極の目標に違いない。だが、手とり足とり教え込む指導が本流だった日本で、戦略的な感覚を育てられるコーチは決して多くない。中学2年生から米国へ渡った彼の「戦略脳」は、少年時代にすでに育まれていたのだ。柏井コーチとの8年間をベースに、全仏の苦い経験によって「if then思考力」をより鍛えた錦織の全英でのプレーに期待したい。彼の頭の中、思考を想像しながら、テレビ観戦するのも楽しいに違いない。

親が安全地帯でいてあげれば、子どもは伸びる

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ところで、脳科学の話を書くと、お子さんのいる方が半ば自虐的にこう言うのだ。

「でも、脳って遺伝でしょ?」

いやいや、あきらめることなかれ。前出の篠原さんは言う。

「脳は可塑(かそ)性が高い。鍛えれば伸びる部位です。伸ばすためには、親は子どもにとってあくまで安全基地でいてあげることを心がけてください。

何かすれば叱られる、否定される環境では、子どもは自分でアイデアを出して何かにチャレンジすることをしなくなります。そうすると『if then』の思考力は鍛えられない。トライする行動力や勇気を、結果に関係なく褒めたり、認めてあげることが大切です」

島沢 優子 フリーライター

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しまざわ ゆうこ / Yuko Simazawa

日本文藝家協会会員。筑波大学卒業後、広告代理店勤務、英国留学を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。主に週刊誌『AERA』やネットニュースで、スポーツや教育関係等をフィールドに執筆。

著書に『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』(カンゼン)、『部活があぶない』(講談社現代新書)、『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』(小学館)など多数。

 

 

 

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