哲学が人類を「幸福にしない」これだけの理由

大学から哲学科が消えるのは由々しき事態か

一筋に真理を追い求めることは、これだけをとるとよさそうに見えますが、考えればすぐわかるように、こうした生き方はポリスの利益よりも真理を優先することになる。ポリスはその利益(とくにその存立)を構成員に要求しますから、こうした態度はポリスにとって危険なのであり、危害が拡大する前に摘んでおかねばならない。こうして、理の当然、ソクラテスは死刑に処せられました。

その前に、ソクラテスは有名な『弁明』をしますが、それは(プラトンの著作によれば)告発者や陪審員に擦り寄るところの微塵もない見事なものであり、むしろさらに反感を買うことを語り続けるほど勇気にあふれています。もう少し穏やかで柔軟な態度を示せば、死刑は免れたでしょう。あるいは、適度に裏の手を尽くせば亡命もできたでしょう。しかし、彼はそれを拒否した。そして、毒を仰いだのです。

ここを哲学の開始とする教科書的西洋哲学史の常識を疑うこともできますが、私はまさにこここそが、哲学のアルファでありオメガであると確信している。そして、「哲学の終焉」という論議がかまびすしい今日、ここに足場を置いてこそ哲学は生き続ける(べきだ)と確信しています。

哲学と科学は、ここまで違う

この場合、哲学者と科学者は違います。科学者の良心が議論されることがありますが(原爆を造った科学者の責任問題など)、科学は、その応用としての工学とともに、やはり人々の幸福から隔離されたところにはないでしょう。さしあたり人類の幸福には結びつかない純粋な基礎研究もあると思いますが、はっきり人類の不幸(滅亡、劣化)を引き起こすような研究(遺伝子操作など)に制裁が加えられるは当然のことでしょう。

しかし、哲学においては、たとえ人類が滅びようが、劣化しようが、不幸になろうが、真理は真理なのです。しかも、この場合の「真理」とは、科学的真理のようにいわゆる客観的(間主観的)なものではない。哲学者1人ひとりが誠実かつ真剣に思考し続けて到達したこと「すべて」です。それを超えた「客観的」な知などない。

科学の場合、それがある感じがするのは、観察し、測定し、計算し、帰納法を用いるなどの方法が限定されているからにすぎない。さらに、これがもっともらしいのも、対象を物体に限定しているからであって、哲学のように原則的に言語しか手段をもたない場合に、方法は限りなく多様化し、それに呼応して「知」や「真理」も限りなく多様化することになります。その場合、あとは個々の哲学する者が「嗅覚」をはたらかせて、言語を彫琢して「これが真理だ!」と思い込むしかない。

というと、きわめて不安定で、いかがわしいものと思われるかもしれませんが、それは哲学の門を叩かない、叩こうとしない人のセリフ。否応なく叩かざるをえない人、門に入らざるをえない人は、しだいに体感的に「わかってくる」のです。

しかも、いかに真理が多岐に枝分かれしているように見えても、哲学者には「これだ!」という一筋の道が延びているように思われる。もちろん、そのあいだに古典的哲学書を丹念に読まねばならない。その地味な作業を経てもなお、自分の「これだ」という思いに沿わない哲学者は、アリストテレスであろうと、デカルトであろうと、カントであろうと、ヘーゲルであろうと、ハイデガーであろうと「間違っている」と言いたくなる。すなわち、「いかなる権威もこの問題には(少なくとも)十分に答えていない」という直感が体を突き動かし、自分で考え続け、自分で書き続けるしかないのです。

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