(中国編・第十話)メディアの責任

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 話を「東京−北京フォーラム」に戻すと、私たちの対話には、このフォーラムのミッションを共有した日本や中国の主要なメディアの編集幹部などが数多く、個人の資格で参加している。個人的には多くのジャーナリストに手を貸してもらいながらも、この「東京−北京フォーラム」に関する日本のメディアの報道に関しては、驚かされることが何度かあった。
 中国で反日デモが広がった05年。このフォーラムを立ち上げた記者会見で違和感を覚えたのは、日本側の記者の質問だった。
「靖国参拝を巡って日中間の議論は対立しなかったか」
 驚いたのは、会議のテーマが歴史認識問題でもなく、そうした議論展開にならなかったにも拘らず、それを説明しても「そんなはずはない、対立したはずだ」とさらに食い下がる日本人記者がいたことだ。

 07年8月に東京で開催された第二回フォーラムは、首相就任直前の当時の安倍内閣官房長官の発言で、日中の首脳会談が再開に向う、歴史的な舞台となった。そこでの新聞報道にはもっと唖然とした。
 私自身は、この日の夕刊を読んでいなかったが、会場の運営を手伝っていた学生のインターンから「新聞はなぜ嘘を報道するのか」という話を聞いて、急いで新聞を見てみると、午前中まで全体会議で行われた会議風景とは全く異なる記事が一面に掲載されていた。
 そこには、「安倍官房長官と王毅大使が靖国でお互い譲らぬ論戦を展開、火花を散らした」
と書かれている。
 全ての新聞報道がそうだったわけではないが、安倍氏の発言の意味を理解していると感じたのは、わずか2紙だけだった。なぜ、こんな記事になるのか。多分、記者は目の前で起こっている事実を理解できず、予め用意した記事を何ら疑わず、それの裏付けで記事を完成させただけなのだろう。記者には安倍発言は文章で渡っていたはずだが、その内容の変化も気付かなかった。

 この日、全体会議には新聞社などの編集幹部も務める多くのジャーナリストが個人的に出席していたが、その友人たちとメディアの報道現場の意識は明らかにかい離していた。

 なぜ、日本のメディアはKY(空気が読めない)なのか。もちろん、記者の不勉強もあるだろう。だが、私が気になったのは外交や公共というものが、政府だけで動いていると錯覚し、政府要人の行動を追いかけることだけが仕事だと、思い込んでしまっているメディアが多いことだ。  しかし、外交の舞台は政府だけにあるのではない。民間対話、トラック2の舞台でも外交は動くのである。公共を担おうとする民の活動はこの国でも確実に広がり始めている。

政治家の対話でも、メディア報道が問題になった

 この問題は、この日の午後に行われた「政治家対話」の分科会でも話題になった。
 民主党代議士の鈴木寛氏がこう切り出した。
 「先ほど安倍官房長官の挨拶を皆さんと一緒に聞いたが、今配信された通信社の記事を携帯で見ると、安倍長官は靖国参拝で首脳会談を拒んでいる中国側を牽制した、と報じている。我々はまさに証人だが、あの発言に牽制の意図を感じた人がいたら手を挙げてほしい」 分科会に参加した100人を超す有識者の間から一斉に驚きの声が上がった。手を上げる人もなかった。その声が静まるのを待って、鈴木氏はさらに続けた。
 「このように日本の既存のメディアが報じてしまう現実を直視しなくてはならない。私はここで提案したい。このフォーラムから新しいメディアをつくるべきではないか」

 私は会場の騒ぎに駆けつけ、その光景を後ろから見ていた。議論はアジアの新しいメディアの形成に移っていた。ふと司会者で私の友人の周さん(牧之東京経済大学教授)と目が合った。彼は、会場にいた中国側主催者のチャイナディリーのインターネット版の社長の張平氏に意見を求めた。
 「私はこのフォーラムを終わりのない両国の議論の場にしたいし、議論の内容を公開し参加もできるようなメディアにできないかと思っている。新しいインターネットメディアの形成がその柱だが、この構想はすでに工藤さんとも話し合っている」
 この分科会の合意は、フォーラム全体の共同声明にも書き込まれた。私たちの民間対話の夢がもうひとつ広がったのである。

工藤泰志(くどう・やすし)
言論NPO代表。
1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。
東洋経済新報社で、『週刊東洋経済』記者、『金融ビジネス』編集長、『論争 東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。
言論NPOとは
アドボカシー型の認定NPO法人。国の政策評価北京−東京フォーラムなどを開催。インターネットを主体に多様な言論活動を行う。
各界のオピニオンリーダーなど500人が参加している。
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