フロリダ惨劇から学ぶ「テロ時代の暮らし方」 疑心暗鬼に包まれた世界をどう生き延びるか

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フロリダ州での乱射事件の現場。12日撮影(写真: ロイター/Carlo Allegri)

私たちは今、銃乱射事件と自爆テロがはびこる時代に生きている。

つまり、いつもの日常生活と同じに見える何気ない時間でも、実はいつ火ぶたが切られてもおかしくない、ほぼ視認不可能な戦争に自分自身が身を投じてしまっている、なんていうこともあり得るのだ。

そうなったとき、もしかしたら機関砲を目の前にして自分が前線に立っている可能性もある。この戦争に地理など関係ない。ちょうど12日未明に米フロリダ州オーランドで発生したように、どこにいても勃発する可能性があるのだ。

こうした事件が起こると、そのなかで私たちが身を守れるものなど何もない。無実の主張もできない。つまり、私たちは銃弾の餌食になる。そして、餌食になるのは犯人自身も同じだ。

話が通じない人間の恐ろしさ

オーランドの満員のナイトクラブ――「パルス (Pulse) 」という有名なゲイクラブに詰めかけた客たちを襲った殺人犯の動機が何だったのかはいまだに明らかになっていない。

わかっているのは、他者の人間性を理解し合おうとする心がけがこの殺人犯にはなかったことだ。そんな人間に自分も同じ人間なんだと大声でわめいて訴えかけても意味はない。彼はそんなことを気にも留めていないし、そもそも聞く耳を持たない人間なのだ。犯人の立場になって考えてもみよう。目標と同じように、彼自身も間もなく死ぬのだ。

実行犯の武器が爆弾であれ、刃物であれ、銃器であれ、ただ傍観しているだけでは機能しない。実行犯は遠隔操作できるタイマーも設定しない。彼はまさに目の前までやってくる。彼は文字通り武器を発動させる機構であり、己自身が武器なのだ。一度動き出すと自分の仕事が終わるまで、破滅的な道を歩み続ける。

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