明日なき老人村に、なぜ、ビジネス御殿が建ったのか
一方、生産者たちも単に山で葉っぱを収穫するだけでなく、自らの山や畑で葉っぱを栽培するようになった。同時にビニールハウスを活用して、葉っぱの成長する時期や花の咲く時期を調整し、高値のつく時期に出荷できるようにしたのである。
98年、横石さんは日本の農業としては画期的なアイデアを実行に移す。上勝町の生産者宅にパソコンを導入し、POS(販売時点情報管理)システムを構築したのである。
アイデアの基はセブン-イレブン。たまたま用があって立ち寄ったときに「商品の棚が上勝の山の斜面に見えた」と横石さんは振り返る。
どの商品がいくらで取引されたのかという市況は、それまでもファクスで流されてはいた。が、バーコードとパソコンの導入で、よりリアルタイムに把握できるようになったのだ。生産者は市況や横石さんが経営する「いろどり」が提供した需要予測を見ながら、「もみじは供給が多くて、単価が落ちているから、明日は単価の高い南天を中心に出荷しよう」というように、自ら生産・出荷計画を立てるのである。
このパソコンにはもう一つ、生産者をやる気にさせる仕掛けがある。それは、上勝町の生産者内における自分の売り上げと順位がわかるようにしたのである。これが生産者の競争心に火をつけた。「あの人に負けたくない」「先月はダメだったが、今月は絶対に巻き返す」。お互いライバル意識を持つだけでなく、より大きな収入を得る方法を深く研究するようになったのだ。
もちろん、供給体制が整っても需要がなければ意味がない。横石さんは全国の料亭などを回る際に、商品の売り込みも欠かさなかった。地道な営業やマスコミの宣伝効果で知名度が上がるにつれ、市場からの引き合いも増加。種類によって異なるが、今では1パック平均250円の値がつくようになり、葉っぱ全体の売り上げも成長を続けている。
そして、横石さんは99年に上勝町が7割出資して設立された第三セクター「いろどり」の副社長に就任。生産者から徴収する手数料(出荷額の5%)などを主な収益源としているが、設立以来、一度も赤字にしたことはないという。
葉っぱビジネスが軌道に乗ったことで、上勝町に活気があふれている。現在、葉っぱの生産者は194人いるが、実はその大半は女性だ。というのも、葉っぱは一枚が軽く、簡単に運べてしまうため、高齢者の女性でも十分活躍できるのだ。
葉っぱビジネスの草創期から携わっている高尾晴子さん(63)の一日は午前8時過ぎから始まる。出荷時間である正午に間に合うように、もみじ、南天、桜などのパック詰めを手際よくこなしていく。そのスピードは非常に速く、1日の出荷量はおよそ20~30ケース(1ケース=10パック)ぐらいになるという。
午後からは、パソコンで見た市況を頭に入れて、翌日出荷する葉っぱの収穫に山や畑に向かう。収穫から戻った後は翌日の出荷に向けた下準備をし、午後11~12時に床につく。休みは週1~2回。非常に忙しい仕事だが、高尾さんは「全然苦にならない」と言い切る。むしろ、「料理を彩るつまもの作りはきれいな仕事だし、とても楽しい」と笑顔で語るほどだ。