明日なき老人村に、なぜ、ビジネス御殿が建ったのか

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 いろどりで活躍しているのは、もちろん女性だけではない。ビニールハウスで栽培するもみじの木を指さし、「3月はこの1本で50ケース出荷した」と自慢げに語るのは福田嘉彦さん(72)だ。

1日のスケジュールは高尾さんとほぼ同じだが、福田さんに驚かされたのは、72歳にもかかわらずパソコンを自在に使いこなすところだ。数年前にはいろどりからのリース品とは別に、自前のパソコンを購入。電子メールをするだけでなく、日記をつけたり、デジタルカメラで撮った写真でカレンダーを作ったりもできるハイテクおじいちゃんである。

福田さんに限らず、上勝町の葉っぱ生産者はパソコンの基本操作はもちろんのこと、携帯電話も自由に使いこなせる人が多い。

実は、葉っぱは通常の出荷分とは別に、全国の青果市場から緊急に注文が来る場合がある。特別注文のため、単価は高い分、数量は限られており、注文を取れるのは農協に電話がつながった人からの先着順だ。そのため、生産者は特別注文を知らせるファクスを受信すると、すぐに携帯を手に取ってつながるまでリダイヤルのボタンを押し続けるのである。ちなみに福田家には携帯電話が2台、固定電話が3台もある。

その他にも、上勝町にはすでに約9割の世帯に光ファイバーが通っている。こんな山奥のハイテク村を大企業も放っておかない。昨年、米マイクロソフト日本法人と上勝町は、情報通信技術を使った地域振興に関する覚書を締結した。マイクロソフトは上勝町のIT化をサポートしつつ、そのノウハウを全国の市町村に展開しようという計画だ。

葉っぱビジネスは上勝町全体にも好循環をもたらしている。上勝町の高齢化率は徳島県1位。ところが1人当たりの老人医療費は約62万円で、徳島の市町村の中で最も少ないのである。町営の老人ホームは定員割れが続き、昨年とうとう廃止になった。「毎日、頭を回転させ、山や畑に収穫にいくんだから、元気だし、ぼけないですよ」(横石さん)。

さらに、かつて流出する一方だった若者や団塊の世代も今、上勝町に興味を持つようになった。実際、毎年10人前後だが、上勝町へのUターン、Iターンが進んでいる。

「生産者の顔を見てよ。みんな顔の照りが違うでしょう」と横石さんは誇らしげに語る。「上勝町を何とか立て直したい」との思いで葉っぱビジネスを立ち上げて20年余り。当初はよそ者と言われた横石さんも今では「いなくなっては困る」(高尾さん)上勝町に欠かせない人物となった。96年、横石さんが勤めていた農協を辞めて上勝町を去ろうとしたとき、当時の葉っぱ生産者177人は一晩で手書きの署名と捺印を集め、横石さんに「辞めないでほしい」という嘆願書を出したほどだ。

横石さんの上勝町発展への情熱はまったく衰えない。「会社も、つまものもまだ成長できる。上勝町をもっと元気にしていきたい」と意気込む毎日だ。
(中島順一郎 撮影:梅谷秀司 =週刊東洋経済)

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