宮崎駿の"師匠"の原点は蒸気機関車だった 超一流の映像作家だけが持つ「動きの観察眼」
その大塚氏は子供のころから蒸気機関車の大ファンである。大塚氏は蒸気機関車が走り出すときの動きを、「野獣が大きく息を吐き出すようにフ~ウッと唸って、車体がぐらりと揺れ、線路を軋ませて走り出す」と表現する。まさに“作動原理”である。
宮崎氏が監督した2013年のスタジオジブリ映画「風立ちぬ」には、蒸気機関車が重要なシーンに登場する。同作品の制作中、大塚氏は宮崎氏に請われて、スタジオジブリのアニメーターたちに蒸気機関車の動きをどう描くか解説している。宮崎氏は“飛行機好き”として知られており、飛行機が動く描写を迫力満点に描くのが得意だが、蒸気機関車の動きについては、大塚氏に一目置いているのだ。
さて、少年時代の大塚氏は、蒸気機関車がどうやって動くのか、なぜいろいろな形式があるのかが不思議でしょうがなかった。カメラを持っていなかった大塚少年は、蒸気機関車の動きを自分の目に焼き付けた。そして何枚も何枚もスケッチを描き続けた。
JRの元車両部長も驚いた
「ある日、大塚さんからスケッチが描かれたノートを見せてもらった。鳥肌が立つほどショックを受けた」と語るのは、鉄道写真家の南正時氏だ。南氏は鉄道写真家になる前は、大塚氏と同じアニメ制作会社に籍を置いていた。南氏は休暇のたびに関東や東北地方の蒸気機関車の写真を撮って回った。そのうちに大塚氏と南氏は、会えば鉄道談義に花を咲かせる間柄となった。
大塚氏からノートを見せられたのはそんな時だった。「とても子供が描いたとは思えなかった」。機関車の駆動装置や動輪などのメカニズムが万年筆で詳細に描かれていた。設計図のようにも見えるが、今にも動き出しそうなダイナミズムにあふれていた。
その後、南氏は大塚氏の勧めで鉄道写真家として独立したが、大塚氏のスケッチがずっと心に残っていた。2012年、南氏は大塚氏のスケッチを永久保存しようと思い立ち、デジタルスキャンして、ギャラリーで展示した。「かつてJR東日本で車両部長をやっていた人がギャラリーにお越しになり、見ていただいたら、これは文化的な価値が大きいとびっくりしていました」。
さらに多くの人にこのスケッチを見てもらいたいと考えた南氏は書籍化を思い立った。スケッチだけでなく大塚氏がカメラ購入後に撮影した蒸気機関車の写真に詳細な解説も加え、「大塚康生の機関車少年だったころ」という形で2016年4月に出版された。
4月16日、同書の出版記念の会が行われた。「アニメ界のレジェンドがこれだけ勢揃いすることはなかった」(南氏)というほど、大塚氏を慕う著名なアニメーターが多数参加し、同書の出版を祝った。
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