「トヨタ生産方式だから災害に弱い」は本当か 理想的な生産態勢を目指すがゆえに

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部材の在庫を極力減らしていくと、供給途絶が発生した際に、問題の所在を直ぐさま明らかにできます。根本的な対処には近道ともいえ、危機管理として有効といえます。これができるのは、問題が起きたときにどの部分が影響を受け、どういった部材を代替するかなどについて熟知し、どの会社や工場にどのような部材を手配するかを統括できるリーダーシップがあるからです。それを支えるのが「主査」の存在です。

トヨタの主査は担当する車に関してすべての事柄に責任を持つ役職で、市場の情報から競合情報、コンセプト、開発まで統括するチームの司令塔の役割を果たします。実際、主査のもとでトヨタの購買担当者は、部材を供給する下請け企業に対してコストダウンを要求する際に、その具体的な方法までを指導ができるという話を聞きます。

関連する工場の災害によって完成車生産の一時停止に追い込まれたことがあるのは、トヨタだけではありません。マツダでは2004年12月に起きた宇品第1(U1)工場の火災により、塗装ラインを完全復旧するために4カ月を要しました。GM(ゼネラルモーターズ)は、東日本大地震の影響で同地域の供給業者の業務が困難となったことが原因で、ルイジアナ州シュリーブポートの工場が部品を保持するため5日間生産に追い込れたことがあります。

仮に部材の在庫にある程度の余裕があったとしても、基幹部材の生産が滞れば、生産停止に追い込まれてしまいます。部材の在庫をできるだけ持たない「トヨタ生産方式だから災害に弱い」ということは言い切れないワケです。

トヨタが部材在庫の削減にこだわる理由

トヨタがそもそも部材在庫の削減にこだわるのは、生産を最適化するためです。理想的な生産態勢が分かっていれば、在庫を持たなくても問題はないですし、逆に在庫がある程度あったとしても、既に最適な生産自体が把握されているので、そこから問題が起こったとしても問題の把握は難しくないでしょう。

とはいえ、これはかなり困難なことでもあります。トヨタは1台で2万~3万点の部材で構成される自動車を数十車種も生産しているのです。部材在庫の適切な管理、実需に沿った生産サイクルをつくれないと、しょっちゅう生産が停滞することだって、ありえるからです。

そうした課題を乗り越えて、トヨタはその掲げる理想に近い生産態勢を整えてきているといえます。それには、安定した販売を実現するための強力な営業部隊の存在が不可欠なことは有名な事実です。

今後はサプライチェーンが世界的な拡大を見せ、テロや自然災害のリスクも高まっています。ヒューマンエラーも過去に比べて増えていくことも考えられます。トヨタには在庫の抑制による生産プロセスの効率化だけでなく、ICTの利用による生産プロセスをより明示的に管理するような方法も併用し、問題をいち早く見出せるような方向性が要求されるでしょう。
 

中泉 拓也 関東学院大学経済学部教授

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なかいずみ たくや / Takuya Nakaizumi

1991年東京大学経済学部卒。2003年東京大学大学院経済学研究科修了 博士(経済学)

ミクロ経済学専門。ゲーム理論の応用や契約の経済理論に加え、規制の事前評価を中心に政策評価も手掛ける。総務省の政策評価審議会委員。

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