著書『富国と強兵:地政経済学序説』で、今回の事態に先んじてポスト・グローバル化へ向かう政治・経済・軍事を縦横無尽に読み解いた中野剛志氏が論じる。
「戦時経済」とは似て非なるものか
今回の新型コロナウイルス感染症のパンデミックが引き起こした危機(コロナ危機)により、各国の経済政策は、戦時統制経済のような姿に変貌した。
例えば、トランプ・アメリカ大統領は自らを「戦時下の大統領」と評し、マクロン・フランス大統領は「これは、戦争だ」と連呼した。
実際、各国では、軍が動員されているし、病院は野戦病院の様相を呈している。外出制限は、まるで戦時下の戒厳令のようだ。
アメリカ政府がGMに人工呼吸器の増産を命じた際の根拠法となったのは、朝鮮戦争時に制定された国防生産法である。
IMF(国際通貨基金)のブログは、4月1日、「戦時下では、軍備への莫大な投資が経済活動を刺激し、特例措置によってエッセンシャルサービスが確保される。今回の危機では事態はより複雑だが、公共部門の役割が増大するという点は同じである」と述べた。
今回のコロナ危機に対する経済政策は、戦時経済に非常に近いというのは間違いない。しかし、次の2点が大きく異なる。
第1に、戦時経済では、政府は国民を戦争や軍需工場へと動員する。そこに巨大な軍事需要が発生する一方で、物資や労働者の供給が不足するため、インフレ気味となり、失業率は下がる。
ところが、コロナ危機では、政府は経済活動を行わないように国民を動員する。したがって、一部の医療物資などでは供給不足による価格高騰がみられるものの、全体としては、消費や投資の激減による需要不足が、強力なデフレ圧力を発生させる。当然、失業率は増大する。
このように、需給バランスという観点からは、コロナ危機下の経済は、戦時経済というよりはむしろ、恐慌(デフレ不況)の様相を呈する。ゲオルギエバIMF専務理事が、コロナ危機を世界恐慌以来のマイナス成長となると述べたとおりである。
ただし、恐慌時には、雇用創出や休業補償・生活保障といった観点から、やはり国家の役割が大きくなるのであり、その意味では、戦時経済と同様ではある。
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