30歳になると周りがどんどん結婚し始めて、私も結婚したいと思いました。(子どもを産むための)『35歳ライン』の知識があったからです。でも、現実は甘くなかった。望んだらすぐに結婚できるわけではないんですね……」
35歳のときに啓一さんに出会うまでは5年以上恋人ができなかった。何の行動もしなかったわけではない。愛知県内でのお見合いパーティーに参加し、大手自動車メーカーに勤務する2歳年下のエンジニアからアプローチされたこともある。目立つ美人である加奈子さんならばあり得るだろう。
「見た目も感じも良い人だったのですが、気分がどうにものらないのでお断りしてしまいました。会社の同僚からは『バカじゃないの! 今からでも間に合うから連絡を取りなさい』と叱られましたが、会社名だけで好きになることはできません。つながりがひとつもなく、バックグラウンドがわからない相手とお付き合いするのは怖い、という気持ちが先立ってしまうんです。共通の友だちがひとりでもいれば違ったかもしれません」
きっかけは地元の「喫茶店兼ウクレレ教室」
地元や実家に強い愛着を持つ人には加奈子さんのようなタイプが少なくない。「つながり」のない人に対してはそつなく振る舞うことはできても、心の中で壁を作ってしまうのだ。一方で、学校や会社が「同じ」だと判明すると急速に打ち解ける。
なお、豊橋市や杉並区といった住む自治体が同じ程度では「地元が同じ」と意気投合することはない。彼らにとっての地元はもっと狭く、小中学校の校区が基準となる。詳しくは原田曜平氏『ヤンキー経済』(幻冬舎新書)の「マイルドヤンキー」の定義を参照してほしい。
35歳になり、結婚に関しては「開き直りとあきらめ」の境地に達していたという加奈子さん。当時32歳だった啓一さんとの出会いの場所は、ウクレレを習うために通い始めた教室だった。
豊橋駅から快速電車で名古屋方面に約10分のところに蒲郡駅があり、その駅前に「喫茶スロース」という若い夫婦が経営するコーヒーショップがある。妻の清水美智乃さんが店長で、夫の邦浩さんは2階でギター・ウクレレ教室を開いている。
会社員の啓一さんもギター教室の生徒だったが、持ち前のストイックさで練習に没頭し、加奈子さんがウクレレを習い始めるころには初心者クラスの講師を務めるほどの腕前になっていた。コーヒーショップの席で加奈子さんを見かけ、気にはなっていたという。
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